【街へ向かう】
短いです。かなり。
「よし、ハクト! 最後だ、やってみろっ!」
ロウエンが白斗に大声を出して指示する。
いつの間にやら‘‘客人’’から‘‘ハクト’’に代わっているのだが……それは滞在2日目に白斗が自ら呼び名を変えてもらえるように頼んだのだ。何でも、短期間だけの指導とはいえ客人として扱われるのは嫌だ、飽くまでも弟子として扱ってほしいということなのだそうだ。
「はい、師匠!」
斯く言う白斗自身もロウエンの呼び方を‘‘ロウエンさん’’から‘‘師匠’’に変えている。ロウエンも呼ばれる度に頬が微かに緩んでおり、満更でもない様子だ。
白斗が言葉を紡ぐ。魔術の詠唱だ。
唱えるのはあの魔術。
「――‘‘飛翔’’っ!」
そう、ロウエンが最も得意とする魔術である‘‘飛翔’’である。
言葉を結ぶと同時に、白斗を中心に風が渦巻く。
風はだんだんと速さを増していき、白斗へと集まっていく。
そして。
――パシュュンッッ!
と地面を強く叩きつける風の音とともに、一息に数m上空まで打ちあがった。
そして打ちあがった白斗はというと……
「うおぅふ!」
奇声を上げながらも何とか空中に浮いていた。
今にもバランスを崩して墜落しそうなそれを見ながらも、ロウエンは実に嬉しそうな顔をしている。
何度も頷きながら声を張り上げる。
「ハクト!」
「は、はい!」
師匠からの言葉ではあるが、集中できそうには見えない。かなりふらふらしている。
が、気にせず言う。
「合格だっ!」
その声に、はっ! と顔を上げた白斗は喜色を浮かべてガッツポーズを取る。
「よっしゃあああ!」
しかし叫んだ瞬間、体勢を崩し「あ、しまった」地面へと墜落した。
「痛ってーっ!!」
直前でロウエンが風魔術でクッションのようなものを作って直撃を防いだので大事には至らなかったようだ。普通に起き上がって頭を押さえている。
そこにロウエンが歩み寄り、手を差し出す。
白斗は手を掴んで立ち上がった。
「ハクト」
「はい……」
最後に気を抜いて失敗したことを咎められるのではないかとビクビクしている白斗に、しかしロウエンは優しげな声音で話しかける。
「最後の失敗は良くないが……ここまでよく頑張った。免許皆伝だ」
「師匠……」
「行くんだろう?」
「……はい」
それを聞いて「そうか……寂しくなるな……」と言いながら肩に手を置く。
「まだまだ改善も練習も必要だが、この短期間で滞空できるようになったんだ。わしよりも名の知れ渡った魔術師になるのは間違いないだろう。このわし、‘‘飛翔’’のロウエンが保証しよう」
白斗と澪がフォレス村に滞在を始めてから実に3週間。魔術一つ覚えるだけには時間を掛け過ぎではあるが、‘‘飛翔’’に関していえば相当な短期間だと言える。
複数の段階で分かれる魔術の内でも中級魔術にあたる‘‘飛翔’’は同段階の他の魔術とはかなり毛色の異なるものだ。その為、覚えるのに大した時間は掛からなくても、使いこなすのに時間が掛かってしまった。
まだ完璧とは到底言い難いものではあるが、ここまで至ることができたのはロウエンの指導の賜物と、何より白斗の努力あってこそだろう。
取りあえず、これで白斗の村に滞在する目的は達せられたのだ。
「ありがとうございます……では、俺たちはこれで行きますね」
「ああ、元気でな」
「師匠こそ。……次に来るときはお孫さんを連れてきます」
白斗は決意した顔で言う。
「……ああ、頼む」
深々と頭を下げるロウエン。
「月無くーーんっ! 行くわよーー!」
離れたところで村人に別れを惜しまれていた澪が白斗を呼んでいる。
「それでは」
少し後ろ髪を引かれる気持ちになりながらも、最後に別れを告げ、澪のところまで歩く。
「桜庭さん、お別れは終わったか?」
村の子供に手を振っていた澪がこちらに向き直る。
「ええ、今丁度終わったところ。思った以上に長居しちゃったわね……」
そう言って感慨深そうに村を見渡す。
白斗も深く頷いて、同意を示す。そして顔を引き締めた。
「よし、先に進もう」
「そうね、まだ私たちは何もしてないんだしね」
「ああ、必ず帰らなきゃな」
「ええ、必ず帰りましょう」
2人は一息つき、言った。
「村へ」「地球へ」
沈黙する。
「いやいや、月無くん!? この旅の目的は元の世界に戻ることじゃなかったのっ!?」
「……あー、そういえばそうだったっけ?」
完全に忘れていた様子の白斗に深い、それはそれは深い溜息を吐く。
額を押さえながら澪は言う。
「月無くん……あなた早くもこの世界に侵食され始めたわね……」
「桜庭さん……侵食って……いくらなんでもそれはないだろうに」
「わからないわよ? このまま症状が進行すれば地球に住んでたことすら忘れるかもしれないわ」
「何それ怖い」
本気で怖いことを言われ、想像した白斗は軽く身震いする。
そんなくだらないこと……かどうかはわからないが、他愛もないことを話しながら2人は村を出発し、碌に整備もされていない道なき道を、先へ先へと進んでいくのだった。




