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疾風迅雷の魔術師  作者: ヘデメ
『朱』編
14/26

【旅の目的】

結構長いかもしれません。

 ふぅ……とロウエンは溜息を吐き、冷めてしまっているであろう紅茶に口をつけた。


 途中からその日の状況が鮮明に思い出されたのだろう、苦虫を噛み潰したような顔を浮かべながら強く語っていた。


 1年前のこととはいえ、彼の中でこの事件はまだ終わっていないのだろう。


「すまない、途中から熱くなってしまった」


「いえ……」


 澪が答えるが、それだけ。


 正確に彼の気持ちを理解するには経験も何もかもが足りなさすぎる。


 元の世界では物語を読むうえで想像することしかしたことがない。


 どんな言葉を掛ければいいのかもわからないが……ここで気休めの言葉を掛けるのは悪手だろう。それだけは間違いないとわかる。その程度の善悪は白斗も澪もわかる歳だ。


「気にすることはない」


「え?」


 どういうことかと澪が声を上げる。


 だが恐らくの予想はついている。


「わしが未練たらしく覚えているだけのことで、客人が悩むことではない」


 ロウエンは優しい目で2人を見ながら苦笑している。


 やはり、白斗たちがロウエンの話を聴いて苦々しい顔をしていたのが原因なのだろう。


 こちらが気を使われてどうするのか。しかし、実際にその話を体験者から直接聞くのは想像や又聞きで考えさせられるときの比ではない。そもそもそれらと比べるのは失礼か。


「話をお聴きした限り、魔術師が好きではないというのは……」


 ここで再びさっきの話に戻すというのは心苦しいものがあるのだが、そもそもこの話を聴く理由になった知りたかったものを正しく知るために、澪は言いづらそうに訊く。


「ああ、そうだ。わしはあの魔術師が憎い。そして、あの時孫一人救えなかった自分が憎い」


 ロウエンは後悔している。


 歳を取ったとはいえ、家族や仲間を守るための自己研鑽を怠っていた己が憎いのだ。


 もちろんあの時カレンを攫って行ったあの男が憎いのは変わりない。できることなら復讐したい。


 しかし今度こそ自分には何もできない。


 もし彼女が生きていても、村長としてこの場から離れることはできない――――いや、それは言い分けなのだろう。


 恐怖。


 最盛期ではないとはいえ、‘‘転移’’の【魔術】、それも【上級魔術】を用いる男と再度対峙することに言いようのない恐怖を感じているのだ。


「はは、情けないだろう? 自分の孫が攫われたというのに、助けに行こうともしないんだぞ?」


 自嘲するように言いながら、力なく笑う。


 が、力強く握って震える拳から、彼の悔しさは明らかだ。


 それを一瞥し、これまでずっと黙っていた白斗が声を発した。


「ロウエンさん」


「何だ?」


 いつになく真剣な表情の白斗に澪もごくりと生唾なまつばを飲み込む。


 白斗はそんな2人の様子にかまわず、口を開く。


「あなた……馬鹿ですか?」


「は?」

「え?」


 突然の暴言に呆けた声を上げる。


「え、月無くん? 何言ってるの……?」


 何を言われたのか理解に及ばない様子ではあるが、まだ話は終わっていないようだ。


 ちらと見るだけで何も言わなかった。


「ロウエンさん、俺が言うのもなんですが、何甘ったれたこと言ってるんですか? 情けない」


「……」


 本当にお前が言うのもなんだな! と思ってしまうようなことを言い出す白斗。


 しかしロウエンは何も言わない。


 白斗も特に答えを望んでいたわけではなかったようで、続ける。


「お孫さん……カレンさんでしたっけ? 今どこにいるのか知りませんが、ロウエンさんは助けに行きたいと少しくらい考えたことがあるということは心当たりがあるんじゃないんですか? 知らないんなら助けに行かなかった理由でそれを言えばよかったわけで、魔術師が怖いだとかなんとか言う必要ないですよね? どうなんですか、ロウエンさん?」


 澪は少し……というよりかなり驚いていた。白斗が思っていたよりもよく考えていたことに。


 自分では特に気にも留めていなかったことから様々なことを推測し、ロウエンに話しかけているという普段の白斗からは到底想定できないこの状況に、驚愕を通り越して感嘆までしそうになる。


 白斗の言葉にロウエンがどんな反応をしているのか気になって、澪は視線を白斗から移す。


「……」


 ロウエンは未だに黙っている――――が、苦い表情を浮かべている。


 それだけで白斗の言が正しいということが証明されたようなものだ。


 だが、白斗はあくまでロウエンの口から聞くつもりでいるらしい。視線で先を促している。若干睨んでいるようにも見える。


 ロウエンは、はぁと溜息を吐き、テーブルの上で頭を抱えるようにしながら、観念したように言った。


「ふぅっーー……その通りだよ、客人。わしには心当たりがある。あるからこそ、わしは恐怖しているのだ。わしはとてもじゃないが奴には敵わない」


 ロウエンは一息に言い切った。


「で、そのっていうのは?」


 白斗は追い詰める。


 お茶で口を湿らせ言った。


「――ラコラー子爵だ」


 厳かな声で言った。


 白斗も澪もはっと息を呑む。


 沈黙が場を制する。


 静かな室内。


 そんな中、白斗が重い口を開く。


「ロウエンさん」


「何だ?」


 もう一度繰り返される会話。


 対峙する人物の名を聞いた上で、次はどんな言葉を投げかけられるのか。


 やはり無理だという諦めの言葉か。


 名を知った上での侮蔑の言葉か。


 はたまた、先を見越してどうやってそこに辿り着くかの考えの言葉か。


 白斗が再び口を開く。


 その光景は酷くゆっくりに見えた。


 そして放たれた言葉。それは――――。


「ラコラー子爵って誰ですか」


 だった。


「は?」


 本日2度目の反応。


 さっきの馬鹿発言よりも驚いているかもしれない。


 ぽかーんと口を開け放ち、完全に停止している。


「ロウエンさぁーん? 聞こえてますかー?」


 目の前で手を振っても反応がない。


「天に召されてしまったのか……」


 呟いた瞬間、ガバッ! と腕を掴まれた。


「ロウエンさん……?」


「わしはまだ死んではいないぞ……!」


「それは良かったです。反応がなかったものですから……」


 ロウエンが如何にも怒っていますという感じでプルプル震えながら言う。


「いや、いやいや! わしがおかしいのか? 今怒ってるわしが間違っているのかっ!?」


 ロウエンの怒りはもっともなのだろうが。


「ですが、知らないものは知りませんから……」


 澪が申し訳なさそうに言う。


 白斗も澪も異世界から来たばかりで、ここ【フォレス村】に来て初めてまともに人と話したのだ。どこかのお貴族様の名前など知る由もなかろう。


 が、正直にそんなことを言うわけにもいかないので悩む澪。ついでに白斗が余計なことを言わないようにちょっとだけ視線を向けておく。そんな視線を向けられて頭を横にぶんぶん振っているが、異世界から来たことを言いそうになっていたので、内心滅茶苦茶焦っていた……が、今はいい。


「とりあえずその人のことについて教えてください」


 澪が訊く。


「そうだな……教えるといっても大したことはないんだが……強いて言うなら‘‘無能’’か?」


「無能……」


 白斗は呟く。


「で、何でその人がカレンさんを攫ったと?」


 肝心の質問。これは知る必要があることだろう。


「わしが‘‘飛翔の’’ロウエンと呼ばれるそれなりに名のある魔術師だったのは言ったな? どこで聞いたのかこの場所を突き止められて、奴にはしつこく勧誘されていたんだよ」


「勧誘?」


「そう、専属魔術師の勧誘だ」


 ロウエンはラコラー子爵から勧誘を受けていた。


 ‘‘無能’’と呼ばれるラコラー子爵、本名デニス・リモートル・ラコラー。


 リモートル領ラコラー子爵家のデニスである。


 ラコラー子爵家の一人息子であった彼、デニスが現当主であるが、なぜ彼が無能のレッテルを張られているのか。それは彼の父親に原因がある。


 彼の父、ジェイム・リモートル・ラコラーは一代で子爵家を立ち上げた天才であったのだ。


 元は貴族とは無縁の家の格をその手腕で押し上げ、王か叙爵される。


 彼は色々なことに関して才能を発揮したが、子育てに関してだけは全くと言って才能がなかった。むしろ酷すぎた。


 子供可愛さに小さいころから甘やかし、欲しい物は何でも上げ、したいとせがまれたことは何でもさせた。


 結果。父親でも手綱を握れない暴走馬鹿息子が出来上がってしまったのだ。


 彼はやがて父親のことが目障りとなって暗殺者を差し向け殺害。


 デニスには人を見る才能がなかったので、大した実力のない暗殺者を雇ってしまったため、暗殺現場を実母に目撃され、焦った暗殺者によって予定にはなかった殺害まで起きてしまった。


 そうしてデニスは両親を消し、現ラコラー子爵となったのだ。


 何はともあれ。


 そんなラコラー子爵に勧誘を受けたロウエンは断り続けていたのだ。


「それに、歳をとって今更そんなものになってもしかたないしな」


 ロウエンが従おうとしないから強硬手段に出たのだろう。


「なるほど……で?」


「ん?」


 白斗が言う。


「それで、相手が貴族だから諦めるんですか?」


「いや、しかし……」


「また言い分けをするんですか?」


「……」


 ロウエンは唇を噛み締めて俯く。血も滲んでいる。


「ロウエンさん、俺たちはまだ目的地を決めていません」


 その話は今関係あるのか分からず訝し気な視線を白斗に向ける。


 澪は2人のやり取りをただ見守っている。今回は白斗に全てを委ねるべきだと考えたようだ。


 白斗は構わず続ける。


「ですが、世界を旅することになります」


 ロウエンは黙って聴いている。


「いつかラコラー子爵の所に行くことになるかも知れません。わかりませんが」


「もしかして……」


 ロウエンは少し目を見開く。


 白斗が何を言おうとしているのか察したのだろう。


「はい。俺たちに……任せてみませんか、カレンさんのこと」


 ロウエンは目を剥きながら言った。


「本当に……任せていいのか?」


「ただ、どこまでできるか分かりませんよ? 俺たちは知らないことが多すぎますし、カレンさんが今どういう状況なのかも知る由がありませんから」


「それでも……いい。任せていいか……?」


 念を押して確認する。


 対する白斗は力強く頷き言った。


「ええ、俺たちに任せてくださいっ!!」


「ああ、よろしく頼む……!」


 ロウエンは静かに涙を流していた。


 思いがけず、白斗たちに新たな旅の目的が生まれたのだった。

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