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疾風迅雷の魔術師  作者: ヘデメ
『朱』編
12/26

【村長と魔術師1】

「カレン様が攫われました」


 制止も虚しく青年によって告げられた言葉。


 それは容易くロウエンの思考を停止させた。


「カレンが……?」


「村長?」


 様子がおかしい村長に、青年は声をかける。


 が、村長は絶望したような顔をすぐさま普段通り――いや、普段の真面目そうな顔ではなく、感情の消えた表情で青年に声をかける。


「お前」


「はい!」


 異様に冷たい声に、冷や汗を掻きながらもピンと背筋をのばして返事をする。


 およそ声だけではない。実際にこの空間の気温は1度も2度も下がっているのではないか、このままでは凍え死んでしまうのではないか……などと通常であればありえない、そんな想像はくだらないと一蹴するような考え。


 しかし青年にはどうしてもそれが想像の域を出ないことであり、自分の妄想であるなどとは信じられぬほどに、ロウエンの放つ気配は冷え切っていた。


「今すぐカレンが攫われた場所へ連れていけ」


「わ、わかりました」


 怒っている、怒り狂っているはずなのに、青年に発する声はどこまでも淡々と事務的で無機質である。


 それがなお一層、彼の怒りを表している。


 その表情、声、動きに青年は恐怖を覚えた。


 無意識のうちに体は震え、気づけば歯がカチカチと音を鳴らしている。


 壮絶な緊張から言葉を噛みながらもしっかりと返し、ロウエンを案内する。


 家から勢いよく飛び出して駆け出したはいいが、気が動転してロウエンを置いて行ってしまったので家に戻る。


 それからは青年を先頭に歩き始めた。


 急いではいるものの、ロウエンは年齢を重ねているため、どうしても歩みが遅くなる。


 しかし、ロウエンの歩幅に合わせて歩く青年に彼は怒鳴りつける。


「もっと速く歩けないのかっ!」


「いえ、しかし……」


 理不尽に思えるロウエンの要求。


 案内しているのに、案内する人を置いて行ってしまっては意味がないではないか……そう青年が思ったとき、彼は呟いた。


「もう、若いのは知らないのか……なら仕方ない。とにかく――――走れッ!」


「は、はいぃぃぃっっ!」


 いつも以上の威圧感に青年が怯え、いい年齢の大人でありながら今にも泣きそうな顔で走り出す。


「まったく……」


 手足を滅茶苦茶に振り回しながら脇目も振らず走る青年の様子に、呆れの溜息を吐く。


 が、すぐに気を引き締めなおす。


 自分が何をするためにここにいるのか、頭の中に反芻する。


 何度も何度も力強く繰り返し、意思を強化、何があっても遂行する覚悟を固める。


 ――――愛孫娘を助けるために


 それを成功させるためならば、自分の残り少ない命は甘んじて投げ打とう。


 地獄に落とされることになっても、悪魔に魂を売ることになっても、必ず成し遂げる。


 元から固かった意思はやがて、不退転の意思へと昇華した。


 大きく深呼吸、目を瞑って体の力を抜き去り、言葉を紡ぐ・・


「我請い願う、空の精霊、我に宿りて蒼穹を舞え、‘‘飛翔’’」


 ロウエンを中心に周囲、半径1mほどで旋風が起こる。


 微かに砂埃を起こしていた風は、次第に速く大きく厚くなっていく。


 その真っ只中に一人佇むロウエン。


 ゆっくりと瞼を開く。


 かと思ったら、静止状態から一気に上空へと飛び上がった。


「久しぶりに使ったが、思った以上にきついな……歳か」


 そんなことを言ってはいるが、‘‘飛翔’’は風属性の【中級魔術】だ。


 基本的に【初級】・【中級】・【上級】の3段階――【魔術段階】――で分類される【魔術】だが、それぞれの段階の間にはとんでもなく大きな差がある。


 その差は威力であり、消費魔力量であり、燃費であり……そしてなにより、その修得難易度である。


 隔絶された絶対的な差を有する【魔術段階】において、【中級魔術】を使える人物は一人前の【魔術師】と呼ばれる。その中には当然名のある人物も多数おり、上位者は2つ名を持っていることも多い。


 そして――――。


「『飛翔の』ロウエンが聞いて呆れるな」


 過去。約30年前。ロウエンがまだ、先ほどの青年と同じような年齢であったとき。


 彼は‘‘『飛翔の』ロウエン’’と呼ばれて自国の人間からは憧れられ、また、他国の人間からは恐れられた。


 異名の通り彼は無数にある【魔術】の中でも特に‘‘飛翔’’を得意とし、敵を上空から安全に狙い打つことで幾度も勝利を収めてきたのだ。


 ロウエンの孫娘であるカレンは何者かに攫われた。


 その何者か、というのに心当たりはない。


 しかし今それは問題ではない。


 問題はカレンが危険に晒されているということ。


 場合によっては命の危険もあるということだ。


 それを再度確認し、己の闘志を燃え上がらせる糧とする。


「急がねば――!」


 青年を追いかける。


 体を傾け、一気に加速。


 数秒で何mも先を走っていた青年に追いつく。


「もっと速くッ!」


 空を飛ぶ村長の姿に目を剥きながらも、力強く頷いて駆ける速度を上げる。ほぼ常に全力で走っているため、声に出して返事をする余裕はないらしい。


 ロウエンが若い時ならば、彼を抱えて飛ぶこともできたのだろうが、年齢を重ねて【魔力量】も減少し腕力も衰えてしまった。とてもではないが抱えたまま走ることはできないだろう。


 それでも、青年も走り続けた。



 走り、飛び。


 走り、飛び。


 走り、飛び。


 走り、飛び。


 走り、飛び。


 走り、飛び、そして――――。



「――はぁっ、こ、ここです!!」


 たどり着いたそこは【フォレス村】のすぐ傍にある森だった。


 ‘‘飛翔’’を解いたロウエンは、青年に確認を取る。


「本当にここで間違いないんだな?」


「はい!」


 よし、と頷いたロウエンは再び【魔術】を使用する。


「我問う、我が求むるものの在処を、いざ告げよ、樹の精霊よ、‘‘樹精の囁きティンバーウィスプ’’」


 詠唱の最初にはロウエンの近くに集まっていたエネルギーが詠唱の終了と同時に、一気に拡散する。


 そのまま静かになった。


「村長、失敗ですか?」


「静かに」


「す、すみません……」


 目を瞑り集中して何かに耳を澄ませている様子のロウエンに、青年が口をきつく結んで黙り込む。


 青年には何も感じていないが、木々が揺れて擦れる葉の音や小鳥のさえずり、地を這う虫が起こす音は全て、ロウエンには声に聞こえている。


『樹精様、カレンという名前の少女を探しております。ご存じありませんか?』


 心の中で念じることで樹精と呼ばれる存在に話しかけることができるのだ。


 樹精は森の守り人であり、人間よりも圧倒的に上位の存在なので、できるだけ丁寧に話す必要がある。


『ふーむ、……カレンとな……』


 ロウエンとは似ても似つかない声が響く。樹精の声だ。


『はい、そうです』


 情報欲しさに逸る気持ちを抑えて冷静に返す。


 焦るロウエンとは違い樹精の動きや応答は非常にゆっくりだ。


 それもそのはず、彼らは何千年もの間ただそこに漂っている存在であり、特に何をするわけでもなく佇んでいるだけなのだ。せかせかと働き動き回る人間とは生活する場所も環境も違う。性格や話し方なんかも大きく異なるのは仕方がない、というより当然のことなのだ。


 それはロウエンにもわかっている。普段の冷静な彼であれば、話すテンポの違いなどまったくもって気にも留めなかったであろう。


 しかし今のロウエン――ひどく焦っているロウエンにとってそれはじれったいことこの上なかった。


『確か……茶髪の人間の子供なら……東の方に――――』

『ありがとうございますっ!』


 樹精の言葉を最後まで聞かず遮り、‘‘樹精の囁き’’を切って森を東に向かって飛んで行った。


 この行為は対人の時と同様、またはそれ以上の失礼にあたる。


 軽くイライラしていたロウエンは、礼儀のことに頭が向いていなかったのだ。


 その為。


『じゃなくて……西、だったな……』


 という樹精の、ロウエンを嘲るような見下すような声は届かないのだった。

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