【魔術師嫌い】
案内された部屋はいわゆる客室のような場所だった。
調度品などもそれなりに揃えてあり、整った部屋である。小さな村ではあるが外部からの客人も招くのだろう、隅々まで掃除も行き届いており、埃ひとつ塵ひとつ落ちていなかった。実に細かいところまで気が及んでいる。
部屋の様相を見ている間にソファーに座った村長は、テーブルを挟んで反対側のソファーを勧めてきた。
白斗と澪はそこに腰を下ろしたのを確認すると、村長は口を開く。
「客人。改めて自己紹介をしよう。わしはフォレス村の長、ロウエンだ。今回のこと深く感謝する」
そう言いながら頭を下げた。
「俺は月無白斗です」
「わたしは桜庭澪です」
「そうか」
素っ気ない、そう感じる白斗たちだったが部屋の扉をノックする音が聞こえたので、訪問者に意識を移して頭から追いやった。
「入れ」
「失礼します」
部屋に入ってきたのは、村長とあまり歳の違いそうにない女性。
慣れた手つきで、トレーに乗せてきた陶器のコップを音ひとつ立てずに置いていく。
「どうぞ」
「あ、ありがとうございます」
前に置かれたコップからは、上品な甘い香りが漂ってくる。
恐らく紅茶の類なのだろうが、何分そういったことには興味がないため、どんな種類なのかは分からない。といっても、そもそもここは異世界なので知るはずのない品種である可能性もかなり高いのだが。
知らないものだが、とりあえず飲んでみようと口をつける。
「おいしい……」
「ほんとだ……」
澪も飲んだようだ。
少し苦味があるものの、癖になるおいしさがる。
「フォレス村の特産品、フォレス茶って言うんだよ」
先ほど部屋に入ってきた女性が言った。
「へぇ、ここの特産品なんですか」
そう言って再び口にして、「やっぱりおいしい……」と呟く白斗。
そんな様子を見て女性は微笑んでいる。
「ところで、あなたは?」
澪がようやく訊いた。
「これはわしの妻だ」
「妻のクレアです。よろしくね」
澪は納得して頷く。
ロウエンの妻であるクレアは、夫とは違って親しみやすそうな人だ。レイルの話では何か事情があって【魔術師】を嫌っているようだが、彼女は【魔術】を用いる2人に対しても物腰柔らかに話している。
紹介が終わったクレアは「ごゆっくり」と言って部屋を後にした。
「では、本題に移ろう」
ロウエンが言う。
「報酬に何を望むか、客人」
やはり、顔がこわばっている。全くと言っていいほど信用されていないようだ。
我慢ならなくなった白斗は、ここへきてそれについて訊くことにした。
「ロウエンさん」
「……何だ」
白斗の返事が自分の質問に対する回答ではなかったことで、怪訝な顔をしている。
余計に警戒させることに繋がってしまったようだが、ここは無視して先に進めることにした。
「レイルさんに聞いたんですが、魔術師にあまりいい印象を持っていないようですね」
白斗の言葉に、眉がピクリと動く。
突然何を言われるかと思って身構えていたところに、予想とは違う言葉が投げかけられたからだろう、少し動揺しているのか指が少し動いている。
「……それで?」
感情を押し隠すように抑揚のつかない声で先を促してくる。
「いえ。ただ、その理由が気になったものですから。さすがに、ずっとそういう態度を取られているのも嫌だったので」
「そうか……」
ロウエンは静かに言った。
沈黙。そして、紅茶をひとつ啜る。
やがて、白斗たちがどうしてもこの話を聴き出そうとしていることを理解し、溜息を吐く。
「初めに言っておくが……」
「はい」
「面白い話じゃないぞ」
「それは元よりわかっています」
ロウエンは紅茶で舌を湿らせ、ゆっくりと話し始めた。
「これは5年程前の話だ――――」
5年前。フォレス村にて。
「村長! 村長はおられますか!」
村長のロウエン宅に焦った様子の青年が走りこんできた。
何事か、と思ったロウエンは整理中であった村の財政書類を机に置き、速足で玄関へと向かった。
「どうした」
「村長、大変です! カ、カレン様がっ!」
「カレンだと? カレンがどうした!?」
カレン。ロウエンの孫だ。
現在8歳の可憐な少女で、村でも全ての民から慕われ、可愛がられている。
普段は厳格で威厳があり、大変頼りになるロウエンも彼女には顔がだらしなく緩み、お願いを何でも聞いてしまうほどにデレデレになる。
そんな孫のカレンの身に何かが起こった。それも、伝達に来た男はとんでもなく焦った様子である。全力で走ってきたのか、息も荒い。この事実は、ロウエンの思考を混乱に陥らせた。
しかしロウエンは、小さいながらもフォレス村の村長なのだ。それなり以上の修羅場を潜ってきている。まだ状況確認すらしていないのだ、こんなことで冷静さを失っているいる場合ではない、と自らに言い聞かせ、平生を取り戻した。
「それで……カレンがどうした」
ロウエンが取り乱していないのを見て、青年も冷静さを取り戻したようだ。
頭の中で報告を整理し纏め、口を開いた。
「カレン様が――――」
先を聴きたくないと思った。
何故かはわからない。
理由があるわけでもなければ、この感情を抱く原因に心当たりもなかった。
ただ。何となくこの先を聞けば、後悔すると思った。
「少しまて――――」
しかし制止の声は間に合わず。
青年は言った。
「カレン様は――――攫われました」
そう、言った。




