【遥か遠い、夢の記憶】
遥か遠い夢の記憶。
見たはずの夢の記憶。
忘却の彼方へと失われた夢の記憶。
そして――――全ての始まりの夢の記憶。
『――様、どうなさいましたか?』
自分を呼ぶ声がする。
酷く懐かしい。だが、誰だったか。
ずっと近くにいたはずなのに、名前も顔も思い出せないが――――。
まぁ、いい。
ひとまず言葉を返すことにしようか。
『何でもない、――よ。心配するな』
『そうですか……』
『おーい、――様達! 早くこっち来てくれよ! 結構押されてんぞ!?』
また別の声がする。
懐かしい。
それにしても……耳を済ますと何かがぶつかり合う音がしているな。
剣か?
『なぁ――と――、今って戦闘中か?』
『え……? そうですが……ふふっ。寝惚けているんですか?』
そうか、戦闘中だったか。
そういえば――が攻め混んできてたんだったけ。
なぜ忘れていたのだろうか……いや、考えるのは後にしよう。
『そうか、では行くとするか』
『はい!』
目を開く。
眩しい。
光を遮るように手を翳す。
ついでに声の人物を確認しよう。
これで顔も見られるはず……そう思っていた。
だが、違った。
夢は移り変わる。
見る人も気づかないままに。
不自然でそれでいて自然に。
見えたのは懐かしい顔ではなかった。
視線の先は、黒、黒、黒。
視界を埋め尽くす黒の軍勢。
蠢く黒の大地。
周りには、自分が大切に思っていた者たちが無惨に転がっている。
顔はなぜか靄が掛かったように見えない。
だが、悲しみだけは流れ込んでくる。
こんな気持ちいつ以来だったか……。しばらく敗北をしていなかったせいで久しく忘れていた。
頭に浮かび思考を埋め尽くすのは、絶望のたった二文字。
『負けた……のか?』
何にかはわからない。
ただ、負けて失ったのだと直感で悟った。
誰かの笑い声が聞こえる。
自分を嘲笑う声が響いている。
あぁ、負けたのだ。
負けて全てを失ったのだ。
奴に全てを奪われたのだ。
だから――――奪い返そうと思った。
何があろうとも、どんなに時間が掛かろうとも、全てを取り返そうと。
そして、自分の力の全てを使って。
自分が絞りカスになるまで絞り尽くして。
『――――、‘‘――’’』
力を使った。
凄絶な力の波は、豪風を巻き起こし暴虐の限りを尽くす。
木々はへし折れ。
大地は砕けて、剥がれ落ちる。
蠢く黒の軍勢も、巻き上げられて吹き飛ばされた。
やがて力の本流は一点に収束し、取り込まれる。
身体が薄く輝き始めた。
『今は、この場から消えよう……だが次に会ったときは――――貴様の最後だ』
宣戦布告をする。
しかし消える直前。
最後に聞こえた声は。
侮蔑と嘲りの笑い声だけだった。
「――は」
少年はガバッと起き上がった。
何か酷い夢を見た気がするが、とっくに記憶から消え去ってしまった。
顔も寝間着も汗でぐしょくしょに濡れている。
額の汗を拭おうとして、気づいた。
「……涙?」
少年は知らないうちに泣いていたようだ。
それほどまでに辛い夢だったのか。
わからないがこれで同じ様な起き方は今週に入って6度目。
つまりは今のところ毎日だ。
今までこんなことは無かったはずだが……とりあえず。
「準備しなきゃな」
ベッドから起き上がり、少年は部屋から出ていった。