魔法少女渡辺さん(自称)
これは僕が6年前に書いたものです。
【出会いは唐突に】
「はぁ……」
誰もいない真夜中の公園で夜空を見上げているとついつい嫌なことを思い出してしまう。クラス替えで同じクラスになった女子に一目惚れ、これが運の尽きだった。夏休みに一回、秋頃になんとなくもう一回。二回告白して、二回とも撃沈した。
「はぁ……」
無理なのはわかっていた。でも溢れる思いがつい行動してしまう。
「はぁ……」
ため息を三回もしてしまった。溜息をつくと幸せが逃げてしまう。そんなことを誰かが言っていた気がするが、残念ながら元から幸せなんて持ち合わせていない。
時計の針が九時を迎えようとした頃、悲鳴が聞こえた。甲高い悲鳴は女性のものだろうか。周りを見渡すが誰もいない。ついに幻聴まで聞こえ始めたか。
「浮遊魔法ってどうやるんだっけ!」
声がどんどん近くなっていく。これは幻聴じゃない。
「どいてどいてどいてどいて……!」
空を見上げると、風で捲り上がるピンク色のスカートを手で抑えた人が落ちて来ていた。
「純白!?」違う違う。
「人!?」
きっとこれは夢なんだ。失恋をしている俺に神様の慈悲で見せられているちょっとHな夢なんだ。
非現実なことに整合性を合わせるための非現実な仮説を説く。直後、鈍い痛みと重みが体を襲った。「いってー」と目を覚ますと、信じられない光景が広がっていた。
まずは状況を整理しよう。
① 俺は倒れている
② 目の前に純白
③ 生温かい
よし最高の状況だ!
「あの…… 大丈夫ですか?」
伸びる鼻の下を戻しながら声を掛ける。お触りするなんて気はこれっぽちもない。本当かどうか聞かれたら即答は出来ないが。
「あ、すいません! 今すぐどきますから」
はぁ、良い声…… じゃない!?
俺の耳に入ってきたのはそこらへんにいる図太い仕事疲れのおっさんの声だった。声の主はゆっくりと立ちあがって行く。
やめろ…… 俺の夢を…… 俺の純白を…… 壊さないでくれ!
そんな俺の小さな夢はあっと言う間に壊される。
ピンク色の可愛いフリフリの付いた上下セットの服を着たおっさんが俺の顔の上に○×□△¥*+#&%☆……
「だ、大丈夫ですか!?」
遠のく意識の中、おっさんが心配そうに俺の顔を見てくる。
これが可愛い女の子ならきっと俺は目を覚ましただろうに……
【可愛い服を着たおっさんです。可愛いおっさんではありません】
「あははは」
「うふふふ」
俺と彼女はお花畑を駆けて行く。
「捕まえてごらーん」
「待てー」
はぁ…… 最っ高の気分……
「痛」
幸せ過ぎて足元の石につまずいてしまった、はは。心配そうな顔をして先を走っていた彼女がコッチに戻ってきた。
「大丈夫?」
心配してくれた彼女の声はおっさんの声だった。
「ハッ」
生膝枕をしてもらっていた……おっさんに。
「大丈夫ですか?」
「うわっ!」
目の前一面に広がっていたおっさんの顔に驚いて急いで立ち上がり、そのまま走って逃げようとする。その時、俺はおっさんの純白が顔の前にあり、生温かさに良い気分になっていたことを思い出した。
「うっ……」吐き気が……
吐き気が走ろうとする俺の邪魔をする。ヤバい逃げなきゃ、こんなコスプレ変態おっさんに捕まったら俺の人生がめちゃくちゃになっちまう。
「止まって!」
おっさんが急に叫ぶ、馬鹿か。止まれと言われて止まる馬鹿がいるはずが。俺は馬鹿だった。唐突に足が止まり、動けなくなる。
「何!? え!? ちょ!? 何で!?」
「よかった、止まってくれた」
にこりと止まったおっさんが俺の方へと近寄ってくる。
「やめろ。来るな。俺の人生を、めちゃくちゃにしないでくれ!」
俺の悲痛な叫びが夜の公園にこだまする。
【魔法少女渡辺さん(自称)】
「なるほど」
所変わってマイホーム。何故かうちの住所を知っていたおっさんに、俺が自宅に連れて行かれるという奇妙な絵面で帰宅した。
テーブルを挟んでうんうんとおっさんの話を聞いてあげていた。聞いていたのではなく、聞いてあげていたのだ。あくまで善意である。魔法で強制的に聞かせられているわけではない。と信じたい。
正座をして自分が何者なのか、自分が何をしに来たのかを説明してくる。話しが長い。そこで俺は「分かった」と声を上げておっさんの話しを遮った。
「要訳すると、お前は四十九歳独身無職コスプレ大好き自称魔法少女ってことだな」略して変態である。
「違いますよ! 十七歳超激カワ魔法少女ですって!」
「鏡見てからもっとマシな嘘をつけ!」
こんな髪の毛の後退が凄まじく、加齢臭が漂いそうな顔のこいつが俺と同い年のはずがない。
「ホントですよ!」
このおっさんは何を言ってんだ全く…… だけど、このおっさんが魔法使いなのは本当なのだろう。おっさんが「止まって」と叫んだら俺は止まったし、空から降ってきたおっさんが無事なのも俺が無事なのも魔法とでしか説明つかない。にしても信じ難い話だ。この地に生れ落ちて十七年、魔法の存在なんてあるはずがないとずっと思ってきたのに、こんな疲れ切ったおっさん一人のせいで俺の人生観が根本からひっくり返された気分である。
「でだ、本題に入ろう。お前の目的、俺を幸せにするってなんだ?」
魔法でも何でもいい。俺を幸せにしてほしいものだが、こんな台詞いかにも怪しげな宗教の台詞だ。信じれば救われマース。
「言葉のままの意味なんだけど」
「具体的には?」
「金銭、勉学、恋愛なんでも」自身満々に言い放つ自称少女。今時そんな万能な謳い文句を言う詐欺師も滅多にいないぞ。
「じゃあ百万」
「え?」
「だーかーらー、百万だって」
冗談のつもりで言った百万は「出て来い百万!」と唱えたおっさんの言葉に少し遅れてテーブルの上に出現した。
「……」
言葉を失ってしまった。絶句したと表現した方がいいだろう。こう改めて目の前でやられると現実離れし過ぎてなんとも言えない。
「どや?」
自身満々の他称変態。これは信じるしかないのか……いや、待て待て、信じるのはまだ早い。こんな得体の知れない奴だ。どんなマジックでやったのか分かったものじゃない。そもそも俺を幸せにするためにやってきたとか意味不明である。答えを出すのは今でなくてもいいだろう。
「服を脱げ」
「はぁ!?」
「服を脱いで少し離れて同じことをもう一回やってみろ」警戒してナンボだ。
おっさんは困った表情をすると「今回だけですよ」と頬を染めながら服を脱ぎ始めた。女みたいに。気持ちが悪い。上下ともに脱いだおっさんは、驚くことに女性物の下着を付けていた。しっかりと純白パンツに合わせてブラも純白である。その突き抜けた変態度合、最早清々しさすら感じてしまう。
「じゃあもう一回行きますよ……はい!」
そして百万の上にもう百万が積み重なる。
「これで文句ないですか?」
「まだだ!じゃあ漫画!」「はい」「電池!」「はい」「服!」「はい」「人参!」「はい」「たまねぎ!」「はい」「肉!」「はい……ってカレーでも作る気ですか」
マジックを見破るように至るところに注意を張っていたが全く分からなかった。ホントに唐突にそこに現れたのだ。
「魔法の件は信じようとしよう。いちよ」これ以上何をやっても勝てる見込みはないようだ。
「次、はっきりさせたいことがある」
「はいはい何でしょう」
「俺を幸せにするってどういうことだ?」
【転校生が来ると何故かテンション上がるよね】
あの後、夜もさらに更けていき、学校もあるからと寝ることにした。
おっさんはほっといても害はないから口にガムテープ、手と足はヒモで結んで寝ることにした。
朝、眠い目を擦りながら学校に行く途中、昨日のことを思いかえしていた。
「あ、おっさんのガムテとヒモ取るの忘れた…… ま、いっか」
朝のSHRが始まる。
担任が教壇に立ち、ざわめく俺達生徒に静かにするように一言。
「静かにしましょう」
怒ると一番怖いと言われている担任。その笑顔の仮面の下で、マグマが噴火寸前なのが見え隠れしていた。もちろん静かになる一同。
「では突然ですけど、転校生を紹介します」
先生の覇気で止まっていた心臓が一気に跳ね上がる。クラス中の視線がドアへと集まった。男子か、それとも女子か。高鳴る鼓動の中、ドアが開き、女子の制服がチラリと見えた。スカートをなびかせ、教室へと入ってくる。僕は舐めるように視線を上げていくと、見覚えのある顔に凍りついた。転校生は先生の横に立つと自己紹介を始める。
「渡辺舞子です。よろしくお願いします」
おっさんが教壇の前で笑顔を振り撒いていた。
「なあ転校生めっさ可愛くね?」
左隣の男子が密かに話し掛けてくる。
「お前眼科行った方がいいぞ」
気付くと他の奴らもざわめき始めていた。
あのおっさんクラスの奴らに魔法でも掛けたのか?
「あの空いている席が渡辺さんの席ね」と先生は俺の右隣りの席を指差した。おっさんは「はい」と返事すると自分の席へと座った。
「最悪だ……」
僕は手で顔を覆った。
【高校生になってから一日が速く感じるのは俺だけじゃないはず】
SHRが終わるとクラスの奴らが一気におっさんにたかりだし質問攻めにする。なんてシュールな光景だ。「どこから来たの?」とか「彼氏はいるの?」とか、質問の意味がわからない。彼氏なんていたら今までの人生を疑う。まぁ既に疑ってはいるが。そもそも皆、質問が的を外している。俺なら「昔の職業は?」「家族は?」「親が泣いているのでは?」「ていうか何で生きているの?」と質問を飛ばす。
一時限目開始の鐘が鳴り一斉に席に着き出す。皆からの質問攻めが終わり「ふぅ」と吐息を出すおっさんに俺は質問した。
「お前どうしてここにいる?」
「なんでって…… 暇だから」
「暇ってお前…… どうやって入学した?」
「先生の目見てみて」
「ん?」
先生の目を見ると両目が赤く充血しているように見える。
「先生疲れてんのか?」
「違う、あれ魔法に掛ってる証拠なの」
「え……」
「入学も何でもし放題」
おっさんが笑顔でVサインをしてくる。鳥肌が止まらない。
「あ、そうだ、朝ガムテとヒモ取ってくれないとか酷「あーヤバい昨日遅くまで起きてたから眠い」
「ちょっと人の話を」
俺は机に顔をふせて現実逃避をした。
【メールは駄目だよ】
なんだかんだでもう一ヶ月以上経ち、おっさんはクラスに馴染みまくっていた。
しかしながら、どうして誰もおっさんの顔に違和感を覚えないんだ? そんな俺ももう慣れた。一ヶ月一緒に入れば嫌でも慣れる。美人は三日で飽きるが、ブスは三日で慣れると言った偉人は凄い。
そんなある日の休み時間。
「なあ、ところであんたが好きとか言う女子って誰?」
席に座ってぼーっとしている俺におっさんが話し掛けてきた。そういや、俺はコイツに幸せにしてもらうために今までの恋愛経緯を話していたっけ……
「あいつだよ」
俺はそう言いながら窓際で友達と喋っている女子に目で指した。
「あー、入江ね、あいつ可愛いもんね」とおっさんは不敵の笑みを浮かべた。犯罪の匂いがする。
「どれ、恋のキューピットをしてやろう」
おっさんがニヤケながら話す。
「お前の魔法は使わないのか?」
「使ってもいいけど、それでいいの?」
「……駄目に決まってるだろ」
「でしょ」笑顔が素敵で気持ち悪い。
「二回告白したんでしょ? どうやって?」
「メールでだけど……」
「あちゃー、駄目に決まってるだろ」神様コイツに天罰を。
「やっぱり、告白は直接じゃないとね」とおっさんはどこからともなく本を出し、入江に走り寄った。
「ねー入江、図書委員だよね?」
「うん」
「この本今日までなのー、でも今日部活があるんだー」お前帰宅部だろ、と心でツッコミつつ、明後日の方を見ながら会話に耳を澄ませ続ける。
「だから放課後返しといてくんない?」
「あ、うんわかった、いいよー」
会話を終えると、おっさんがこっちに戻ってきた。
「あとは魔法で誰も図書室に来ないようにすればOKね」
「まさか……」
「そう、今日コクっちゃいなさい」
「無理無理無理無理無理」
【図書室】
放課後になってしまった。おっさんは先に帰ってしまったようだ。
「図書室行くしかないよな……」
放課後の図書室はいつもなら多少人がいるのに今日は誰もいなかった。おっさんの魔法のせいだろう。カウンターでは一人暇そうに入江が本を読んでいた。緊張で口が渇いてきた……
入江がこちらに気が付くと、気まずそうに視線を本へと戻す。
「い、入江さん」
カウンター越しの入江を思い切って呼んでみた。入江は返事をせずにこっちを見た。夕日が窓から入る図書室で、俺は入江に三回目の告白をした。今まで送ったメールと同様。好きですと贈った。
【夜は寒い、人肌は温かい】
誰もいない真夜中の公園で一人夜空を見上げていた。寒さを少しでも紛らわすために体育座りをする。結果は図書室に行く前から分かっていた。二回もふった奴を今更好きになるはずがない。
「はぁ……」
またため息をついてしまった。
「よいしょっと」
おっさんが隣に体育座りをしてくる。
「ごめんね……」
「いいよ別に……」
おっさんが悪いわけではない。誰が何をどうしようと、この結果は最初から決まっていたのだから。誰かのせいにするならば、諦めきれなかった自分が悪い。
「そうだ、ずっと聞こうと思ってたんだけど、何でお前喋り方が若干女っぽいんだ?」
「私もずっと思ってたんだけど、何であんた私のことおっさんって呼ぶの?」
「だってお前、見た目とか声とか全部がおっさんじゃん」
「……?」
おっさんがきょとんとした顔で見つめてくる。やめろ気持ち悪い。
「そういや合ったときからあんた目赤いけど、もしかしてそれ充血じゃないの?」
「何言ってんだ、俺は毎日鏡で顔を見るけど充血なんてしてないぞ」
「もしかしてあんた魔法に掛ってるの?」
「そんなはずないだろ」
「目つぶって」
「え? あ、うん」
俺は目つぶると額に指を当てられる感触があった。
「もういいよ」
俺は魔法が解け、目を開けると今度は顔が充血してしまった。