シーン5
「いやぁ、何とか文言を間違えずに済みました」
「徳操の辺りで言い淀んでいたがな」
「らしい、といえばらしいというかぁ」
「ルル、爛れてる」
「どういうこと? どういうことなの?」
ぐぬぅ、とルリーナはうめいた。いや確かに騎士になるのに下心がなかったかと言われるとそんなことはない。
そんなことはない、というよりも、本当に百パーセント下心である。
「でもこれでお姉さまも私の騎士ね」
「お姉さまはやめて下さい……」
「じゃあ、おねーちゃん?」
もうそれでいいや、とルリーナは疲労から長椅子の上で溶けた。
騎士叙任式も、そのあとに開かれた酒宴も終わり、今はエセルフリーダに与えられた部屋で休んでいるところだ。
ルリーナにエセルフリーダ、ニナとナナに加えて、なぜかアイラがしれっとした顔で加わっているが、もはや誰も気にしていない。
厳重に戸締りをしたうえで、従士が入り口を固めているので、部屋の中の声は外に漏れないだろう。たぶん。
いや、従士に聞かれるのも問題なのではないか。考えると頭が痛くなるからやめよう。
「つつがなく、とはいかなかったな」
「お姉ちゃん、人の名前覚えるの苦手でしょ」
ルリーナは思いっきり目をそらした。従士隊長のいけすかない男に、誰でしたっけ? と言ったときは流石に自分でもこれはやばいと思った。
違うのだ。興味がない相手の事を覚えるのが苦手なだけなのだ。
「そこはーほらー騎士ですからー」
半平民ですからははは、と都合よく貴族ではないですよアピールをして見せるルリーナに、若干アイラも呆れの目を向ける。
「エセルフリーダ、本当によろしくね?」
「……善処します」
貴族同士の付き合い、というと、エセルフリーダもなかなかのものだった。
婉曲に嫌味を言ってくる相手をざっくり正論で叩き潰すのである。
獅子王国の貴族ならば戦場でその力を見せよ、などと言っていたような気もする。
ルリーナに挨拶に来た貴族らも、エセルフリーダの武勇伝を実に面白く話してくれたものだが、おそらく、脚色なぞ一切ないのだろう。
例えば、女と侮る伯爵に正面から決闘を挑んで打ち負かしたとか。
「そういえば、アレが王女派、ですか?」
「そうだな。ご本人の前で言っていいものか解らないが」
「烏合の衆ね」
アイラは椅子の上で足をプラプラさせながら、実にあっさりと辛辣な言葉を吐いた。
烏合の衆。確かにそうとしか言えないだろう。
未だ決まった代表もなく、何となく王子よりも王女の方を評価している。という程度しかない。
「私の戦力は、エセルフリーダとお姉ちゃん、それにドミニクとアドラー卿かしら」
アドラーって誰だっけ、とルリーナは首を傾げる。そうだ、ご老体だ。
「アドラー……卿?」
ご老体は傭兵隊長であって、貴族ではないのではないか。
その疑問はエセルフリーダも感じたようで、かすかに首を傾げる。
「あら? 二人とも気づいてなかったの?」
アイラはニナとナナの出した葡萄酒の杯を礼を言って受け取ると、喉を湿らす。
「アドラー卿は神聖帝国から来た密偵よ」
だっておかしいじゃない。ただの傭兵があれだけの資金力を持っている?
そう続けたアイラに、ルリーナは二の句が継げない。そんな大事なことをここで言って良いのだろうか。
「……密偵、というと」
「あー、別に獅子王国をどうこうしよう、って話ではないの」
むしろ逆、とアイラは言う。
「大陸の方もちょーっと大変なことになっているみたいで……って、これはお姉ちゃんのほうが知ってるね」
「ええ、まぁ、神聖帝国は常々、他国との戦争に大忙しですが」
特に西側、ウェスタンブリアから大陸へ渡ってすぐの白王国などと。ルリーナも船の手配には少々苦労をした。
神聖帝国で傭兵をしていた時には、ひっきりなしの戦争、戦争だった。
「それで、ウェスタンブリアに友邦国を作りたいってことで」
言われてみれば、ルリーナも、出生国との関係が良い、という理由で獅子王国に流れて来たのだった。
ウェスタンブリアを獅子王国が平定してしまえば、神聖帝国と獅子王国で白王国を挟み撃ちにできる。
ことはそれほど簡単ではないだろうが、神聖帝国からしてみれば、どうなろうと利益こそあれ不利益はない訳だ。
「でも、そうなると白王国はどういう対応を?」
「んー、白王国の王族って、血統的に竜王国と同じなのよね」
竜王国の二民族、原住民と蛮族の蛮族の方。北の竜王国は獅子王国と竪琴王国共通の敵である。
「だから、それとなーくそっちを支援しているようでもあるのだけれど」
しかし、竜王国はウェスタンブリア平定、というような野心を持っている訳でもないらしい。
「多分、ある程度領土を削って共存できるんじゃないかなーって」
ついでに数も減らしてね、と、アイラは軽い調子で言ってのける。
「ほら、私、急進派? っていうのみたいだから」
それで神聖帝国が助力を打診してきたらしい。
ご老体がルリーナに助力をしていたのも、これが理由の一つらしい。
「んっふっふ、お姉ちゃん、逃がさないよ?」
そう言って笑って見せたアイラの姿は、それだけを見れば実に可憐だった。




