シーン4
「汝、獅子王国へ仕え、終生その剣を捧げることを誓うか?」
王城の大広間、ステンドグラスから白い光が差し込むそこで、獅子王国王女アイラは、跪く一人の騎士へと誓約の口上を問いかけていた。
居並ぶ諸侯に囲まれて、しかし、長いまつ毛に縁どられた伏せられた瞳、光を受けて天使の輪のように輝く金色の髪、そして純白のドレスを身にまとった姿は浮世離れしている。
「私は、王を主と戴き、その御子等に仕え、獅子王国の民と……」
言い淀むこともなく、騎士へ叙任される若者は口上を述べていく。鎖帷子に赤のサーコート、籠手と脛当てをつけた無骨な姿は、王女と対照的に映る。
「……我が剣を、アイラ獅子王国王女殿下に捧げることをここに誓います」
王女は脇に控える従者から剣を受け取ると、騎士に剣を受け渡す。
両手でその剣を受け取った騎士は、その柄に口づけを行うと、三度剣を抜き、それを納めると腰に佩いた。
王女は手を差し伸べて騎士を立ち上がらせる。そして接吻を与えようとして……少々身長が足りない。
騎士と目を合わせて、二人にだけわかるように苦笑を交わすと、騎士はそっと膝を曲げた。
「汝、真理と共にあらんことを」
騎士の額に口づけた王女は、顔を上げさせると、その頬を強く打った。
あらん限りの力で打ったのだろう。実に良い音が広間に響く。
主のその振る舞いを受け入れて、騎士は胸に手を当て傅いた。
「ルリーナ卿、貴殿を獅子王国騎士に叙する!」
わっ、と広間が沸いた。今は誰しもが、自身の心中は置いて、獅子王国に新たな貴族が列されることを祝福している。
元神聖帝国貴族子女ルリーナ・ベンゼルは今ここに、獅子王国騎士ルリーナとして生まれ変わったのである。
騎士であるルリーナには、名字ではなく名前に敬称が付けられる。エセルフリーダであれば城伯であるから名字にだ。
「ルリーナ卿、これを貴殿に授けよう」
王女を主とする先任として、エセルフリーダが捧げ持つのは金の拍車だ。
ルリーナはこれを恭しく受け取ると、自らの靴、その踵に取り付けた。
これこそが、剣と旗印、それと共に騎士としての身分を証明する一番の証。
遂に騎士へとなったのだ。その実感を噛みしめつつ、ルリーナは振り返って踵を打ち付けつつ、剣を抜いて刀礼をして見せた。
「騎士ルリーナ! 今より獅子王国貴族の末席に加わらせていただきます!」
口々に言祝ぐ声の中から、一振りの槍と旗印が送られる。
金糸に縁どられた赤い旗には金色の熊が躍動的な姿で縫い付けられている。
ルリーナからしても、懐かしい紋だ。この旗が掲げられる姿を見るのは、いつ以来か。
自らの家を再興する、などという気持ちはないつもりだったが、実際にこれを見ると、ルリーナの胸中にも込みあがるものがある。
「尚、ルリーナ卿には封土としてローイスを与える」
「はっ、陛下より賜った地、必ずや守り通してみせます!」
昨日のうちにローイスはどこか、と尋ねれば、べルド平原の西端、獅子王国と竪琴王国の最前線にある小村であると言われた。
特に特徴もない農村、という説明にもなっていない説明を受けたが、実際どのような土地なのだろうか。視察には赴かねばならないだろう。
「リュング卿、ルリーナ卿の先任として、彼女の指導を任せます」
「はっ、共に殿下に剣を捧げた身、兄弟としてルリーナを導きましょう」
アイラの言葉を、エセルフリーダが請け負って見せる。
これで、公的にルリーナは王女の騎士にしてエセルフリーダの下にあることを示した。
幾人かの貴族は、ルリーナを自陣営に引き込めないか、と淡い期待を持っていたようだが、そうもいかない。
「うむ、ルリーナ卿は騎士の中の騎士であるな」
「王女殿下の騎士とは、これほど栄誉なことはあるまい」
貴族がそのような言葉を投げかけるのを、ルリーナは心持ち頭を下げて受け取った。ここで謙遜をするのは失礼にあたる。
そう、このような大規模な儀式を、騎士一人の叙勲に行うのは異例の措置である。
そもそも、騎士というのはあくまでも戦闘用の単位であって、兵の一つに過ぎない。
維持のために村一つほどの費用が嵩み、だからこそ封土を与えてそれに充てる。
専門的な訓練を受け、一人で兵の何人にも及ぶ武力。そう、ただの力なのだ。
だからこそ、一代限りで世襲はされないし、ある程度以上の貴族であれば、誰しもに騎士叙任の権限はある。
そこを王女自らが、という事、これが異例だった。
「神聖帝国の貴族ゆえ」
「彼の国の貴族が何故ウェスタンブリアの地に」
などと、同位であるはずの騎士らがあらぬ事にやっかみを覚えているようだが、ルリーナは聞こえていないふりをした。
もちろん、口には出していないが、王女派ならぬ、まだ幼い王子を仰ぐ派閥からは、良くは思われていないだろう。
「なるほど、地盤固め」
議会の招集、貴族の叙任、そして褒賞の授与。何れも国を治める者が為すこと。
王女は着実に、次期君主としての立場を確実なものとしてきている。
「その先に、殿下は何を望んでいらっしゃるのでしょうか」
ルリーナにはそれが、ただの功名心や、幼さ故の軽率な行動には思えなかった。




