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シーン1

「此度の会戦で得られた領土を、リュング城伯に授けようと思う」


 王城、広間では宴とは名ばかりの会議が開かれていた。卓の上にはお情け程度に葡萄酒とチーズや白パンといった軽食が乗っている。

 それでも時折、ちらちらと食事に目を取られる者の姿は見えたが、それも王女の脇についた摂政の言葉にそれどころではないという様子で目をそらした。


「どういうことですか」

「このような若輩に」

「未だ領地のない者にも配慮を」

「いや、ここは新たに」


 摂政の投じた一石は、諸侯の中の心中に波紋を広げるには十分な重さを持っていた。


「しかし、新たな領地は」

「それこそ力を持った」


 当事者であるエセルフリーダは、黙して語らず、ただ議論の成り行きを眺めている。

 あるいは、冷めた目、と言うべきだろうか。誰が、どのような発言をしたのか、それを確かめているようにも見える。

 その視線に中てられた数人が、喉の奥に言葉を飲み込んだ。


「少々、よいですかな」


 咳払いをして諸侯の声を遮ったのは、ご老体、アドラーだった。

 王に重用されているこの傭兵隊長は、その身分にも関わらず、諸侯に対しても大きな発言力を持っていた。


「御貴族様方のお考えに関しては門外漢ではございますが、この老体、武人として進言いたしたく」


 内輪もめに対する痛烈な皮肉である。何人かは不機嫌を表するように眉を顰めた。

 野蛮な傭兵如きが、という心中を隠そうともしない若い領主も居る。しかし、彼に表だって物申そうという勇気はないようだ。


「新たな領地、べルド平原でありますが、諸侯皆様からしますと遠隔地になるかと思います」


 ぐぅ、と数人の領主が声を上げる。そのことは誰もが承知の上である。


「で、あれば、私共、騎士の者が」


 そう発言したのは未だ若い騎士。卓につくこともまだ許されず、居並ぶ諸侯の後ろからの発言である。

 一見すれば、正しいように聞こえるものだが、その前に座る、騎士を預かる諸侯の一人は余計なことを言うな、とばかりに騎士を睨みつけた。


「なるほど確かに。新たな領主様が納めるのも良いでしょう。しかし」

「べルド平原は最前線だ」


 言葉を継いだのは、発言した若者を預かる諸侯。彼の発言を庇うためであり、自分の思惑ではないという事の表明でもある。

 騎士もようやく自身の軽率な発言に気が付いたようで、諸侯の後ろで委縮していた。もちろん、彼を苛めるのはご老体の思うところではない。しかし、いい機会である。


「左様で。ここはリュング卿に預けて、それから推薦いただくというのは如何でしょう」


 ざわり、と騎士、従士の内に動揺が広がる。つまり、現在の庇護者からエセルフリーダに乗り換えるということか。

 先ほど発言した若者はもはや蒼白の面持ちである。この流れでは裏切り者のようではないか。


「しかしそのような大任を」

「では誰が」

「ここは殿下が」

「で、あるからの推薦であろう?」


 各々が勝手なことを口走り、会議の間はいささかの間、喧噪に包まれた。

 その中で摂政が咳ばらいをしてみせると、諸侯はまた口をつぐんでそちらを見やった。


「リュング卿は元より辺境伯の血の者、正統性という面では卿以上の者はないというのが私の見解である」


 確かに、リュング城一帯、王国の西端はリュング辺境伯の代、エセルフリーダの父の領地だった。


「しかし、それは山脈の東側で」

「それも一度は奪われた領地であろう」


 苦々しげに言ったのは、少々齢のいった諸侯だった。リュング辺境伯家の解体と同時に、その領地を分割して一部を得た者である。

 リュング城、という厄介な部分を押し付けたが、必ずしもエセルフリーダの返り咲きは歓迎されている訳ではない。


「我らならば領地も近く、軍も既に持っておろう」

「然り」

「この間、領主になったばかりの若造に国境を任せるというのか」


 勢いを得て、それらの諸侯が口々に苦言を呈し、会議はまた混迷の中に沈んでいく。

 その流れを切ったのは、王女自らが一つ打ち合わせた手だった。


「あら、私の騎士を疑うのかしら?」


 打ち合わせた手をそのままに首を傾げて見せるのは、年相応の童女のそれだったが、彼女の言葉は重く議場に響いた。

 そもそも、彼女が摂政をつけてとはいえ、この議会を開催していることが異例の内である。

 本来ならば王配、女王が王の不在を補佐するところであるが、先般の戦の最中、武名を高くした王女を見て、いわゆる王女派、ともいえる者らが彼女を担ぎ上げたのだ。

 まだ幼い王子を置いて、王女がその実権を握る、というのは当初それほど考えられていなかったが、事ここに至って、少なくない数が王女の側についたのである。

 そのようなものが多数派という訳ではないが、今般の戦の活躍を見れば無碍にすることもできず、結果、王女が今の獅子王国を掌握している。


「いえ、まさか」


 そして、エセルフリーダは形式上とはいえ王女に剣を捧げた身。これもまた特例の内の一つである。

 通常ならば他家の貴婦人などに捧げることによって、家同士のつながりを強調する意味もあっただろうが、エセルフリーダは一度、半ば身分を剥奪された身。

 自由騎士から城伯として復位する際に、王国への忠誠を誓うとして、問題ない相手として王女が選ばれたはずだった。

 しかし、今、この場においては、これ程までにその立場を揺ぎ無きものにするものはないだろう。


「諸侯、これは王女殿下の決定である」


 摂政がそう改めて言えば、もはや誰も文句は言えない。そもそも、初めから結論ありきの議題であり、これまでの討論それ自体が茶番なのである。

 ただ、エセルフリーダがすんなりとその地位に納まったのでは後々、他の者が介入する余地がなくなるゆえに今のうちに因縁をつけておこうという程度だ。


「リュング城伯」

「はっ、若輩の身ながらかかる大任を預かる栄誉を賜ったこと、恐悦至極にございます」


 忌々し気な諸侯の視線を受けながらも、エセルフリーダは表情一つ変えることなく請け負って見せた。


「では、領地の件はこれで良しとして、次は騎士の推薦についてですが」


 摂政が話を進める。諸侯が口を開こうとしたとき、虚を突くように王女がまた口を開いた。


「それにも私、意見があるの」


 全員が口をつぐむ。この場でもっとも権力を持っているのは間違いなく王女だ。

 もしも、何か不当な提案をして見せれば、幼さゆえの気まぐれ、まだ諸侯をまとめる立場には早いと弱みを見せることになる。


「ルリーナ・ベンゼル。彼の者を騎士に推薦するわ」


 王女が不敵な笑みとともに発したその言葉に、エセルフリーダは驚愕の表情を隠しきれなかった。

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