シーン6
あれよあれよと言う間に、休戦交渉も終わり、本陣の引き払いが始まった。一応は相手方の撤収を待ってから、ということなので、時間には余裕がある。
撤収作業はのんびりとしたものだったが、荷をまとめ終えて帰る段になると、みな現金なもので、足取りも軽く、来たときよりも早い調子で歩を進めていく。心なしか、鼓笛隊の音も力が入って聴こえるものだ。
「意外とあっさりしたものなんでやすね」
今回、初めて戦に参加した傭兵の一人がそんなことを言う。
「まぁ、別にこれで終わり、という訳でもありませんからねぇ」
あくまでも休戦。その間に兵力を補充して次の戦に備える期間でしかない。
特に今回は、期間で見ればごく小さな衝突に過ぎないし、その上に王が負傷している。
戦の終わりにも顔を出さないということは、軽傷では済んでいないだろう。最終的に有利にことを進めてはいるが、実質的には痛み分けと言ってもよい。
「御貴族様方はまた王都で宴らしいぜ」
「そりゃ羨ましいな」
宴、などという気楽なものではないだろうが。この前、中断された宴の続きになるだろうか。
今回の戦での勲功について与えるものを決めたり、従軍に伴いいくらかの補償をおこなったりと、皆が集って議論する場である。
酒宴はおまけに過ぎない。多分。この国の酒宴はなかなか洗練されていないようだし。
「とりあえず帰りますよー」
「うす」
スリーピーに近づいて首筋をたたくと、ほかの馬の臭いが気になったかそっぽを向かれた。
しかし、あの馬はもったいなかった。自分で乗るにしても、売ってしまうにしても、なかなか以上に良い馬だったのだけれど。
そんなことを考えているとスケアリーに服の裾を噛まれた。鬣を整えてやって落ち着かせると、行きと同じように馬車に跨った。
「ああ、そうだ、ルリーナ殿」
「はいはい、何ですかヨアン殿」
堅苦しい口調を茶化すように返すと、苦笑された。
「今回の宴席、ルリーナ殿も呼ばれるから、準備はしておいた方がいいよ」
「働きは十分でしたかね~」
十分も十分。十二分過ぎる。ヨアンはさらに苦笑の度合いを深めた。
「多分、今回の戦で最も暴れた一人じゃないかな」
貢献の度合いで言えば、常に戦線を支え続けたご老体の軍が一番ではあると思うのだが。
「寡兵よく率いて、機転も効き、武に至っては比肩するものなし。といったところではないかな」
「閣下!」
「閣下はやめてくれ、エセルフリーダで良い」
馬を寄せたエセルフリーダの言葉に、頬が熱くなる。
「褒めすぎですよぅ」
「いや、正当な評価だろう」
「そうそう」
「間違い、ない」
ニナとナナも合流して、そんなことを言い始める。
今回の博打のような作戦は、上手くいったからいいものの、失敗していればエセルフリーダ隊総崩れのような事態も想定されたのだが。
エセルフリーダはそこで騎士隊に呼ばれて正面へ出向く。前の方で他部隊が詰まっているようだ。それを見送ってニナとナナはルリーナに顔を寄せる。
「そこはぁ」
「お館様の、責任」
最終的にゴーサインを出したのがエセルフリーダである以上、失敗の責は彼女が負う。ということだ。
まぁ、最悪の事態でも、ルリーナ隊の戦力が壊滅するだけで、エセルフリーダらにはそこまでの出血がないように考えてはいたのだけれど。
「もしかしたら、捨て駒のように自分を考えていたのかもしれないけれど」
ヨアンの言葉に顔を上げる。当然だ。傭兵というのはあくまで金で雇われた兵。損害が出ても、その後のことは知ったことではない。
傭兵の側もそれを知っているから、やる気のないところはとりあえず数合わせのようなものだ。それではもちろん、一時は良くても次にはつながらない。
ルリーナとしては、自らの利益のために、多少の無茶をやってのけた形である。
「エセルフリーダ様はそんな事考えてないみたいだったよ」
曰く、作戦が失敗した場合には、正面から突撃をかけるつもりでいたらしい。
失敗を想定しているとは、信用されていないのか、などとは言わない。可能性は潰していくのが指揮官の仕事である。
しかし、そうして正面から攻撃をかけてしまえば、ルリーナエセルフリーダ本隊の被害を極限するという企図は達成されない。
「ルルっちの方がぁ」
「騎士隊より、高い」
これは秘密だけれど、と声を潜めて片目を瞑ってみせる双子。片目を瞑ったのはもちろん姉の方。
指揮系統が謎なことになっている騎士たちよりも、確実に旗下にあるルリーナの方が戦力としてはものになる。ということだろうか。
「それはひねくれ過ぎなんじゃないかな」
「エセルフリーダ様は、現実主義のようですし」
ヨアンは――苦笑がもう顔に染みついているのではないだろうか。
「あー、うん。まぁ、そうなのだろうけれどね」
面倒見は良いのだよ。うん。と、若干、遠い目をしている。
「最近は気を張りっぱなしだしぃ」
「そう見えても、仕方ない」
双子の方は、といえば、珍しく苦い顔をしている。
言われてみれば、前回の戦から領土の獲得、正式な叙勲を受けてすぐの会戦と休む暇もなく働いている様子だ。
「ルルっちが来てからぁ」
「少しは、柔らかくなった」
これまで、軍事面でワンマンを続けていたところで、思わぬ拾い物、といったところらしい。
ヨアンは立場上騎士とはいえ、実際には半分文官のようなものだし、改めて貴族、となるとエレインを動員するわけにもいかず、数の増えた兵の運用には苦心していたようだ。
「不甲斐無い話だがね」
やっとまともな武官が下につきそう。という話だった。
「と、いうことは?」
「ルルっちがいいならぁ」
「うちで、囲いたい」
外堀、外堀、と双子が声を揃えて言った。今のうちに逃げられないようにしよう、という魂胆を隠そうともしない。
そもそも、ルリーナに断る理由も何もない。というよりも飛びつきたいくらいに良い話だ。
「第一段階達成……!」
「第一段階?」
訝しげなヨアンの声も耳に入らない。ルリーナはぐっと拳を握って空へ掲げた。
「まぁ、いまさら敵になられても困るしね」
それもまた本音だろう。これだけ内情を知られて、それを手土産に敵方につかれても困る。餌を与えてでもこちら側に引きずり込みたい。
下手に心情だけに訴えかけてくるよりも、よっぽど信頼できる。
「ええ、私は勿論、エセルフリーダ様につかせていただきますとも」
前を見やれば、エセルフリーダの背中と、リュング城の威容が見えた。
どうやら、これから長くこの城の世話になりそうだ。
ルリーナが笑顔を見せれば、ニナとナナも笑みを返し、ついでにヨアンも深くうなずいて見せた。




