シーン5
「王女殿下万歳!」
「万歳!」
兵らが喉も裂けよとばかりに叫ぶ声に囲まれて、王女の乗る馬車が凱旋する。
彼らは相争い、自らが誰よりも大きな声を出そうと、それだけを考えているかのように万歳の声を繰り返す。
さながら、叫ぶことが幸福である、と言わんばかりである。
薄汚れた兵士の波を割って進む、白いドレスを身にまとったまだ年若い王女。
それは草原に一輪咲いた白百合のようで、おおよそ、戦場には似合わない。
夕刻の橙色をきらきらと返す黄金のような髪の上に王冠を乗せた顔を上げ、小さな手にはあまりにも大きく見える煌びやかなメイスを振り上げて見せれば、喚声は最高潮を迎える。
「あれ? どこかで見たような……」
「闘技場じゃないか?」
ルリーナは通り過ぎていく馬車の上に立った王女の姿に既視感を覚えた。
「ああ、そういえば闘技会も御高覧されていましたね」
あまりに遠くからだったので、背格好程度しかわからなかったが。
目前を進んでいく馬車を見上げると、王女と目が合った気がした。奪い取った軍旗を掲げてみせる。
横に立つ従者に何事かを尋ねる姿を見送って、重い軍旗を下ろした。
色とりどりの兵の一団の中でも、赤いドレス姿のルリーナは十二分に目立っただろう。
これで顔を覚えて貰えれば重畳だ。
「お姫様が戻ったってーことは、戦は終わりですかい?」
「王女殿下、な」
カメとチョーの質問に答えたのは、ルリーナではなくヨアンだった。
「とりあえず停戦、という形で、正式な調停は明日行われるらしいよ」
エセルフリーダら諸侯は、軍議のためにこの場を離れていた。ルリーナは一つ伸びをする。
「さーって、これでとりあえず一仕事は終わりですね」
となれば、と、傭兵達は口の端を少し持ち上げる。
「酒ですかい」
「酒だな」
「久々……って訳でもないか」
「何でもいいんだよ、飲めりゃあな」
「村じゃあ早々、こんなに飲めないからなぁ」
口々にそんなことをささやきあう。民兵については相変わらず訛りがきついのだが。
ルリーナだって、成長しない訳ではない。ウェスタンブリアの農民達の言葉も最近は聞き取れるようになっていた。
そんなことを考えてふふん、と胸を張って見せる。
「なんつーか、お嬢って残念だよな」
「体型の話か?」
「それも成長しねぇよなぁ」
考えが口から洩れていたか、そんなことを言う傭兵たちにルリーナは笑みを向ける。
しまった、という顔をするが、いまさら何をするにも遅い。
「……よし。とりあえずまた樽開けましょうか」
「おー……」
よし。と言って軍旗をリョーに持たせて手を一つ二つ打ち合わせた後には、口を滑らせた数人が倒れ伏している。
軍旗をぶん回しての折檻であったが、幾ら敵の旗とはいえその扱いは酷いのではないか。
一瞬で数人が倒れている現状を置いてそんなことを思うあたり、民兵たちも着実に傭兵隊に染まっている。
「こんなところで寝てるなんてだらしないですよー」
ほら立って、歩いて。と兵らから見れば鬼のようなことを言いつつ、自らの陣へと兵を追いやっていく。
王女の過ぎ去った後、暫くは立ち尽くしていた者らも、三々五々と帰りつつある。黄昏の赤い日も落ち、ひやりとした空気が足元から忍び寄ってきていた。
「実質、休戦になったとはいえ、飲んでていいのですかね」
「構わないでしょう」
「でやすな」
「ですな」
リョーがおっかなびっくり旗を持ちつつ尋ねるが、本陣は本隊が守っている。手を出すこともないだろう。
「一応、俺らも見てるんで」
「別にいいのですけれどね~」
コウらは静かながらやる気満々である。
今回の一戦で、最も仕事をしているのは斥候隊だと思うのだが。もしかして、まだ昔の事を引きずっているのかと問えば、そうではないと首を横に振る。
「前線にはあんまし出やしないんで、こういう時に働かないと」
「んー、働きすぎだと思いますが」
「いやいや、まだまだ貰ったものには足りやしやせんて」
そう言って笑う彼に、ルリーナは説得を諦めた。やる気があるのはいいことだ。そういうことにしておく。
エセルフリーダ隊の陣に戻って子供たちにそろそろ帰る旨を伝えたら、嬉しそうな声が上がっていた。
いわく、本陣に引きこもり続けているのも暇だったらしい。
「それに、小っこいのも見てないといけねぇからな」
「あー、それもそうですねぇ」
負傷兵も戻ってきているし、外は戦中だし、騒ぐわけにもいかず、なかなか肩身が狭い思いをしていたようだ。
「んー、今度何か買ってあげますかねぇ」
「買い物ですかい」
耳ざといショーに苦笑する。しかし、何を買い与えたものか。うーん、とルリーナは首をひねる。
「やっぱり、剣?」
「随分と物騒ですな」
しかし、刃物というのは有りだ、と彼もうなずいて見せた。
「短剣なら生活にも使えやすし」
「それでいきますかね~」
短剣は生活必需品に近い。ちょっとした工作にも、料理にも、はたまた食事にも使える。
そういえば、少年少女らはそれすらも持っていなかった。お揃いの短剣、というのも悪くない。そうして刃物に慣れておいて悪いこともないだろうし。
「そうと決まれば」
「交渉は任せてくだせぇ」
隊商長の元へ軽い足取りで行ったショーは、取引ができるのが楽しくてしょうがない様子だ。
「今回も生き延びましたねぇ」
葡萄酒の樽を開ける、ということで、張り切ったのはリョーだった。
鍋で葡萄酒とともに焼いた牛肉、さらにその上から葡萄酒を煮詰めたソースがかけられた料理は実に美味だった。
そうして腹を満たせば、落ち着いて物を考えることもできようというものだ。今回も、ひやりとする場面は幾つかあったが、どうにか無事に終われた。
帰るまでが戦争、ではあるが、今くらいはしんみりしてもいいだろう。帰れなかった者らも居る訳だし。
「やめたやめた」
そんなことには慣れているつもりでも、酒が入れば思い出してしまう。
頭を振ってその思考を放り出すと、ルリーナは空を見上げた。降ってくるばかりの星空は、いつもと何も変わりはしなかった。




