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シーン4

 そうして一夜明けて翌夕刻。傭兵隊がすっかり撤収ムードになっている頃にようやく本隊から一部が戻ってきた。


「待機するのもタダじゃないんですよー、帰っちゃダメですか~」


 ルリーナがぼやくのも無理はない。いくら実質的にエセルフリーダ隷下であるとはいえ、会計は別である。

 人数が減ったおかげで多少はマシになったとはいえ、各員の食費、飲料、薪代、装備などなど、先払いされた費用は目に見えて減っていく。


「商人の旦那、書きあがったんでお願いしますぜ」

「確かに。運び屋には渡しとくよ」


 何処に送るものか、兵らも手紙なぞを書いて暇をつぶしている。

 後方に戻って来た兵らは、満身創痍、といった風情で槍を支えにして歩いている者まで見られたが、その表情は暗くはない。

 本来であれば、与えられた武具を杖にすれば叱責して当然の指揮官も、今ばかりはそんな様子も見られなかった。


「ああ、えっと……」


 その兵らの中に知った顔を見つけて、声をかけようかとも思ったが、よく考えれば名前も知らないことに思い当たる。

 ご老体の側仕えをしている、ざんばら黒髪の曲刀使いだ。名前、聞いていたか。


「これは、ルリーナ殿。無事で何よりだ」

「ありがとうございます。えーっと、そちらも」


 とりあえずどうぞ、と葡萄酒の杯を渡すと、彼は一つ礼をして飲み干す。

 彼の後方ではやはり、疲れ切った様子で兵らが潰れている。


「結局、何があったんですか?」

「ああ、それは……」


 彼が語った内容を要約するとこうだ。

 獅子王国が左右両軍を進めて、竪琴王国を半包囲しようと動いていたとき、敵側は左右両軍を下げて戦闘を避けていた。

 そのままではただ半包囲を待つだけになるところだが、どうやら、敵側は騎兵戦力を各所から抽出し中央に集めていたようだ。

 その騎兵隊が、翼を伸ばし、薄くなった獅子王国戦線中央を食い破って突破したからさぁ大変。

 獅子王国における指揮官率先の範を示すために中央に陣取っていた獅子王の隊は潰走。

 総指揮官とともに中央の戦列を失った獅子王国軍は総崩れになった。


「そうなると、陛下は?」

「殿で勇敢に指揮を執られていたが、重傷。後方に搬送されている」


 意外というか、すぐそこの大天幕の中に獅子王は居たようだ。


「では今指揮を執っているのは」

「王女殿下だな」


 現在、獅子王国には直系の王族は王女が一人、王子が一人いる。

 だが、王子はまだ幼く、軍団指揮はおろか正式に王族となる前の齢だ。王女もまだ成年していないとはいえ、戦場では何が起こるかわからない。

 いくら女性騎士、貴族を許容する獅子王国とはいえ、王は男系を優先する慣習はあるようで、王位の継承は王子が優先されるようではあったが、早いうちに後進を育てておこうという方針がうまく活きた形であろうか。


「……あれ? もしかして面倒なことになりません?」


 獅子王国が戦線を崩したのち、本陣にあった予備の軍団を率いて突撃を敢行し、戦線全体を再度押し上げたのは、間違いなく王女である。

 あくまでも貴族には勇猛さを求める獅子王国のこと、ここで王女が実績を上げてしまうと、王位継承の順位に禍根を残すのではなかろうか。


「王の容体次第ではあるだろうが、王女殿下が摂政をつけて代行。ということも考えられるな」


 いつの間にか後ろにいたエセルフリーダはそう言った。一歩間違えれば不敬な発言だったが、事実を述べただけである。


「戦が終わっても大変ですねぇ……」

「それは否定できんな」


 大規模な突撃となれば少なくない被害が敵味方双方に出るため、しばらく軍事的には大人しくなることだろう。

 獅子王国にとっては防衛戦であるために新たな領土は得られないが――閉鎖されたウェスタンブリアという環境では、それには慣れたものらしい。

 王族の直轄領がまた減るか、あるいは勲功著しい領主に他の領主から分割した領が与えられるか。

 領地が減らされてはたまったものではないので、領主は積極的に戦闘に参加するだろう。という判断もあるのだろうが、当然、お互いの関係が悪化する事も少なくないだろう。

 それらの仲介をするのが王族で、だからこそ特例的な権力を持っているし、表立って批判する者もいない。では、代わりにやるか? といったものだ。

 王は国を国として保つタガである。時に恨まれ役ともなるので、絶対的な権威を示し続けねばならない。


「まぁ、私には関係も……」

「なくはないのではないかな」


 あるのかないのかわからなくなるような事を言ったのは兜と籠手を外したヨアンである。

 騎士になるのが目標だということは彼も知っている通りなので、そうなれば否が応にもその手の煩雑な事どもに無関係ではいられなくなるだろう。


「アドラー様もそれを嫌がって傭兵の身分を続けているとか」


 そういったのは例のざんばら黒髪だが、そういえばご老体も騎士身分に推挙されていたのだった。

 身軽さで言えば確かに傭兵身分の方が上だろう。領地と無関係に練度の高い兵を組み入れているようだし。


「まぁ、目的の違いですよねぇ」


 領地があれば、より多くの兵を雇用できるようになるし、そも、ルリーナの目的は別に強力な軍備を持つことではない。


「そろそろ終わる頃か」


 そんな雑談をしていると、エセルフリーダに向けて伝令が走ってきていた。

 ざんばら黒髪も一つ頭を下げて、自身の部隊へと戻っていった。


「部隊を再集合させるように」

「了解です」


 のんびりと腰を下ろしていた傭兵隊や民兵に声をかけて、隊列を組ませる。

 十分な休息時間を得ていたために、少し緩んでいる様子ではあったが疲労している様子は見られない。


「隊長、また出るんですかい?」

「いえ、私たちの戦争はここまでですねぇ」


 先ほどから、前線の方から鬨の声が聞こえてくる。

 勝負がいずれに傾いていたとしても、ルリーナの傭兵隊に出番はないだろう。


「けれど、この様子なら……」


 はるか遠くに、王族の馬車が見え始めていた。

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