シーン8
「だー、あたまいたいー」
結局、翌日に集合場所に向かうのは半刻程遅れた。
スリーピーの背中に跨ったルリーナはべったりとその背中に張り付いている。
「すみませんねー、遅刻してしまいまして~」
「いやいや、うちも出るのが遅れてすまないねぇ」
隊商長はそれを見て苦笑を返した。
街に近い間は、それほど危険も多くは無い。
護衛に雇うならず者たちが遅れてくるのも、酔っぱらっているのも慣れっこだった。
隊商の馬車に乗り込んだのはカメと訓練長に任命した手練れの男――ルリーナは彼をチョーと呼んでいた――だった。
残りの者は徒歩で馬車の周りを護衛しているわけだが、死人の行列もかくや、と言わんばかりにその歩みは頼りなかった。
ある意味、迫力はある。
目の下のクマに陰鬱な表情、背中を曲げて歩く姿は地獄の軍勢のようである。
「着いてから四半刻ばかしかかっていましたものねぇ、何かあったんですか?」
「いやぁ、それがねぇ、ギルド長のお孫さんのボンがねぇ」
「ほうほう?」
「素っ裸で往来のど真ん中に倒れてたってんだよ」
「……ん?」
「前後不覚になるほど酔っぱらってた上に、その、なんだ」
不道徳な行いの跡が見られた、と商人は語った。
「ぶっふ!」
ルリーナは堪えきれずに吹き出した。
覚えが有りすぎる。
「いやぁ、すまないね、傭兵隊長さんとはいえ、お嬢さんに話すことじゃなかったかね」
「いえっ……いえいえ……くっ……お気遣いなく」
笑いを堪えてまなじりから涙がこぼれてきた。
まさかあの男がギルド長の孫だったとは。
「これであのちゃらんぽらんなボンは御終いだろうねぇ」
「どういうことです?」
「元から評判が悪くてね、これを期に勘当だ! なんてギルド長が言ってて」
「それは穏やかではありませんねぇ」
「まぁでもこれでヘルマン坊が養子に入って継ぐとかなんとか」
ヘルマンという名前には覚えがあった。ギルド本部で話した、青年の名前だ。
「ああ、ヘルマンさんですか。なかなかやり手のようでしたけれど」
「おや、ヘルマン坊を知っているのかい?」
「仕事をもらう時に」
「そりゃギルド長に気に入られてるねぇ」
「そうなんです?」
「ああ、彼はギルド長の秘蔵っ子だからね」
「ほう」
「意外と今回の下手人にも感謝しているかも知れないね」
そう言って商人は片目を瞑ってみせた。
「はは、そうですか」
ルリーナは顔を上げて前を見た。
道は長く長く続いている。
朝の光を浴びて、そよぐ風に草が波を作っていた。
小さな花は首を伸ばし、気持ちよさそうに微笑んでいる。
背伸びをしてうんと息を吸い込む。
新しい風が、胸を満たした。
旅はまだ、始まったばかりだ。
セクハラ男に死を! 編終り。
ルリーナ傭兵隊(仮)
総員:13名+1頭
隊長:ルリーナ・ベンゼル(元貴族/無冠)
訓練長:カメ(歩兵担当)、チョー(弩兵担当)
交渉係:ショー(元商人)
料理係:リョー(元宿屋従業員)
馬:スリーピー(ポニー/荷馬)
他:歩兵4名、弩兵3名。