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シーン3

「やーっと戻ってきたー!」

「おねーちゃんぼろぼろだー」


 前線を本隊に任せて、エセルフリーダ隊は全隊が後退していた。

 輜重隊の集積所に残っていた子供たちの歓迎を受けると、ようやく一息がつける。

 まだ開戦から二日と経っていないにも関わらず、随分と長い間戦っていたような気分だ。

 何日も、何か月もかけて部隊を編成し、何日も何時間もかけて歩いてきて、それが消費されるのはあっという間である。


「あれ? おじちゃんは?」

「しっ」


 より小さな子供の問いかけに、年長者が慌てる。

 当然、部隊の者は皆、顔見知りである。おそらくは戦死した一人のことだろう。

 ルリーナもよく見た風景だ。苦笑する。


「カメさんのとこではどうなるのでしたっけ?」

「へい。俺の所では戦神に召されて永遠の戦いに、って感じでやすな」


 教会の教えにも従っているが、カメは部隊で唯一の異教徒である。

 他はともかく、死後の世界観ばかりは譲れないものがあるようで、隊の中でもその教えには賛同するものも少なくない。

 魂の救済がーとか、死後に裁きをーなどという物よりも、よっぽど解りやすくてよかろう。といったものだ。

 そんな言葉を、子供も求めてはいないだろう。ルリーナは、本当に不思議そうな顔をした、元の色も解らないほどにつぎはぎされた服の女の子とひざを折って目線を合わせる。


「おじちゃんは先に、いいところに行って待ってますよ」

「いつ会えるの?」

「そうですねー、もっとおっきくなったらいけますよ」


 天国なんて信じてはいないけれど。

 年長の子供も、ほっとした顔をしている。触れてはいけないことだと思ったのか。

 そういえば、この子供たちも孤児だったか。本当に小さい子供はさておき、ある程度の歳ともなれば、親のことも覚えているだろう。


「さーてさて、食事にでもしますか」


 ようやく、まともな食事ができる。ルリーナはそう言うと、子供たちを煮炊き場へ押していく。


「俺らもいくぞ」

「うす」

「干し肉と硬パンとはお別れだぜ」


 その後を傭兵らも続く。随分と数も減ってしまったものだ。

 従軍商と、ルリーナ隊の馬車の周りは、時ならぬピクニックの様を呈していた。


「そこ、焦げ付かないようにかき回しておいて!」

「はーい」

「こんなかんじー?」

「そうそう」


 リョーは戦場にいるときよりも生き生きとした様子で子供たちに指示を飛ばしている。

 焚火の上に据え付けられた鍋からは、芳しい湯気が立っていた。


「調理人に雇い入れるのも悪くないかもな」


 戦場ということで鎧は外していないものの、兜と小手を外したエセルフリーダが布で顔を拭いつつ言った。


「リュング城の調理人」

「足りてないのですよねぇ」


 と、エセルフリーダの脇に控えたナナとニナがしみじみと言う。

 そもそも、城を得たのも遠くない時期であり、人員が足りていない様子はルリーナも見てきたし、掃除洗濯料理に砲兵の訓練、指揮、さらには領主不在の間の事務仕事に、と、その実、この双子の執事はなかなかの万能っぷりを見せていた。


「私たちもぉ」

「必死にならざるを得なかった」


 としか言わないが、いったい何があったものか。

 どうやらエセルフリーダとは古くからの付き合いではあるようだったが。

 とりあえず、と出された、硬くないパンにチーズの塊にかぶりつき、香辛料入りの葡萄酒で口を洗う。


「随分と派手にやったようだねぇ」


 と、言ったのは隊商長の男だ。装備を今一度そろえるために、今、概算を出しているところだ。

 食料の一部は、彼から購ったものでもある。どこから手に入れたものか、牛の一頭を捌いて肉を回してもらった。


「ええ、まぁ、大口になってしまいそうですけれど……」

「ギルド長からもよろしく言われているから多少は値も見るがね」


 ギルド長、彼も随分と義理堅い人間のようだ。そのうち、伸びるだろうから今のうちに贔屓にしてもらおう。という意図も見えたが。

 つまり、それだけ将来性を見てもらっているということでもある。そうなると悪い気はしない。


「姉ちゃん、飯」

「はいどうもー」


 と、バリーが木の椀に盛った食事を持ってくる。

 その、とても丁寧とは言えない口調に苦笑してしまう。やはりある程度は教育が必要だろうか。

 しかしながら、口の悪さについては傭兵たちと過ごしている分には直りそうにもない。


「もしかして、教育環境最悪?」


 子供たちの将来が不安になるところである。人のことを言えたものではないが。


「閣下、ただいま戻りました」


 と、そのとき、馬にまたがったヨアンが戻ってきた。というのも、状況の把握が必要だったためである。

 エセルフリーダも簡単な話は聞いていたが、伝令も興奮気味でまともな話にはならかったようだ。

 ヨアンがエセルフリーダに報告するのに耳を傾ける。


「陛下は負傷され、現在は王女殿下が指揮を執っている模様です」

「そうか……陛下が倒れられたとなると、また面倒なことになりそうだが」

「全軍に攻撃命令が下されています」


 陛下の敵、とばかりに攻めている。と。

 その中で忘れずに損耗した部隊は後退させている采配を見るに、お飾りという訳でもないようだ。


「そういえば騎士隊はどちらに?」


 ふと思い出して尋ねれば、どうやら、これ幸いと本隊の突撃を支援しているらしい。

 エセルフリーダは事もなげに言ったが、命令系統が無視されているのではないか。


「そもそもぉ」

「お館様の軍じゃない」


 ということだった。あくまでも独立した騎士の集まりであり、扱いとしては王からの直轄となっている。

 だから、勅命があれば、それに従うのが道理であるし、貴族には自主裁量が認められているから、何も問題はない。らしい。


「ややこしくありません?」

「とはいえ貴族同士に上下はないから」


 半貴族である騎士でも同じく。ヨアンが苦笑しながら言う。

 騎士とはそういうものだ。そもそも、戦場で馬に乗っている者を縛るのは難しい。逃げようと思えば逃げられるし、勝手に攻撃を行っても止められる者はいない。

 それに、騎士や騎乗兵の重要な役割は、その脚を活かした柔軟な対応でもある。ある意味で、この決戦の機に騎士らが参加するのは正解である。

 歩兵隊では追いつけないだろうし、自主判断に任せるしかないともいえる。


「まぁ、この状態なら自分も行かなければならない気はするかな」

「どうぞどうぞ」


 ルリーナがにこやかに手を振ると、ヨアンは微笑のままで顔を固まらせた。

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