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シーン2

 銃声は、一発ではなかった。

 ルリーナは思わず後ろを振り返る。見やれば、チョーが指揮を執る民兵隊が、硝煙に霞んで見える。

 さらには、戦場を轟する大砲の音が響き、風を切る音とともに石の砲丸が敵の隊列の中に血煙と泥をはね上げた。


「堪えろ!」


 エセルフリーダが大音声で叫んだ言葉に、後方に持っていかれていた意識を正面に引き戻される。

 襲撃の態勢に入った騎馬らは、早々止まることはない。馬らは必死の形相で他に遅れまいとその脚を運び、一丸となって突っ込んでくる。

 徒歩の者から見れば、高波が迫ってくるようなものだろう。晴れ続けて乾いた地面からは、砂埃が上がっている。

 ルリーナはそのとき、蹄の音の向こうに喇叭の音を聞いた。

 エセルフリーダらの隊は、川の中州のように騎士らの波に飲み込まれた。あるいは、このまま石ころのように蹂躙されるか。

 ルリーナは正面から迫る騎士の槍先をかろうじて剣で逸らす。周りを見ている暇もなくなった。

 一人は肩も摺りあうような距離で脇を通り抜け、息つく暇もなく二人目が迫る。

 槍の穂先を向けられたルリーナの騎馬が、それを嫌って首を振った。ルリーナの上体が揺らぐ。

 咄嗟に鐙から足を引き抜いた。目の前には槍が迫っている。体を捻って何とか避ければ、胸甲と槍との間で火花が散った。

 

「くっ」


 衝撃に肺の息が吐き出される。地面に叩き落され、頭を打たないように転がることしかできなかった。

 手に持っていた剣も離してしまった今、後続の騎士の跨った騎馬に踏まれないように祈りつつ、頭を守って伏せているしかない。


「屈辱的ですねぇ」


 口に入った草を吐き出しながら、悪態もつきたくなる。

 まだかまだか、いつ来るか、と蹄の音を待ち続ける。下手に頭を上げるわけにもいかない。

 すぐそばをまた一騎駆け抜けていった。跳ね上げられた砂がパラパラと音を立てて降ってくる。

 目だけを上げて前を見れば、正面から一人。転がって避ける。

 服も顔も土だらけだ。乾燥しているのがまだ救い。泥沼だったらどうなっていたか。

 そんなことを続けながら、何とか波が行き過ぎるのを待つ。しかし、それは長くは続かなかった。


「静かになった……?」


 第一波が去っただけかもしれない。というよりも、それが当然のように思われる。

 先行した騎士たちが開いた突破口を押し広げるために、後続が直に突っ込んでくるだろう。

 しかし、そんな様子は伺えなかった。寧ろ、後方、獅子王国側から声が聞こえる。これはおかしい。


「隊長、何やってるんですかい」


 カメの声である。いつの間にここまで来ていたのか。


「……昼寝デス」


 ルリーナはきまり悪く立ち上がる。どうやら敵は行き過ぎて、友軍は背後から前進してきている。

 帽子を脱いで、服についた土を払う。


「何が起こったんです?」

「俺らにもわからないんでやすがね」


 これまで後退を続けていた友軍は、猛烈な勢いで前進を始めていた。

 わあわあと声が入り混じって何を言っているかわからないが、随分とやる気に見える。

 部隊の再編を終えて一息ついたエセルフリーダが、こちらに気が付いたようだ。


「ルリーナ、無事だったか」

「はい。なんとか……」


 馬も武器も失って、服もボロボロではあるが、とりあえず生きている。

 エセルフリーダに顔を見せるのも恥ずかしい。編んだ髪もあっちこっちに飛んでいるだろう。


「ところで部隊は」

「被害率四割、といったところだな」


 話を無理やり変える。どうやら敵勢は突撃の最中に後退の命令を受けて勢いを減じていたようだ。

 視線を横にやれば、従士隊に追い回される竪琴王国の騎士らの姿が見える。

 猫に追いかけられる鼠みたいな様子に、苦笑する。


「王女殿下万歳!」

「万歳!」


 誰かが叫んだ言葉が、獅子王国の戦線を広がっていく。何となく状況は掴めてきた。

 そうこうしている間に、本隊の、諸侯の兵と比して随分と煌びやかな兵が前進してくる。

 磨き抜かれた斧槍や鎧、汚れ一つない軍衣が如何にも頼りになる。決戦兵力と呼ぶに相応しい威容だ。

 陽光に燦然と、獅子王国の紋章の縫いこまれた軍旗が翻る。そして、本陣に留まっているはずの王族の馬車が。


「どうやら本当に王陛下は……」


 いや、既に陛下ではないか。と、やや不敬なことをルリーナは呟く。

 もしかしたら、負傷して後方に下がっているだけかもしれないが。

 闘技会が前後のごたごたで潰れた影響で、その顔を近くで見たこともない人物ではあったが、噂を聞くには随分と評価の高い王であったはずだ。


「惜しい人をなくした?」

「何言ってるんでやすか」


 ご老体がエセルフリーダ隊の横を走り抜けていく。敬礼をしていた。

 ルリーナは、というよりもエセルフリーダ隊は既に疲弊しきっていたことにより、この攻勢には参加できない。

 駆け寄ってきた伝令が、今、エセルフリーダと話しているところだ。本陣が前方にある、という不思議な状態である。

 王族本人が前線に出ているだけに、それぞれの隊の士気も高い。敵を寄せ付けるわけにもいかないし。


「長弓兵、構え!」


 王直下の兵に多く見られたのは、長弓隊だった。斧槍や長槍を構えた重歩兵隊に守られ、数に任せて矢の雨を降らせる。

 正しい長弓兵のそれだった。これだけを揃えるのに一体いくらかかるのだろう。

 ルリーナら傭兵や民兵隊のように、簡単には補充が効かないがゆえに戦力の投入を惜しむ気持ちもよくわかる。


「出し惜しんで負けてちゃ無意味ですけれどねぇ」


 そういう意味では、実に良いタイミングだったのかもしれない。

 確かに戦場の風向きは一転している。


「っかぁ、スカしたやつらだなぁ」

「そう言うな、助かったのは確かだろ」


 そう言っているのはカメとチョーだ。

 しかしこうして主戦力が出てくるのを見ると、今までの小競り合いは何だったのか。

 両軍の主兵が遂に前線でぶつかり合い、会戦はまさに、最終局面を迎えていた。

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