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シーン7

「撤収! 撤収だ!」

「全隊、後退!」


 どよめきが、戦場に溢れていた。


「一体、何が起きたのですかねぇ」


 勢いに任せて走りこんでくる敵兵を馬上から切り捨てながら、ルリーナは呟いた。

 というものの、突如、ルリーナらから見て戦線左翼側、つまり、戦線中央から敵の増援が雪崩れ込んだのである。

 獅子王国の右翼左翼は、竪琴王国の軍勢を取り囲むように展開している訳だから、自身より後方に敵勢がいるのはおかしくはないのだが、敵が出てくる、ということは、突出しすぎたか、中央が瓦解したかくらいしか考えられない。


「本隊が崩壊したぞ!」

「陛下が! 陛下が崩御された!」


 という声が聞こえてくるが、真偽を確かめる術があるわけでもなく、もしもそれが本当であるならば、この戦場どころか、獅子王国と竪琴王国の戦乱自体の意味が問われるかもしれない。


「ルリーナ、無事だったか」

「閣下もご無事で何よりです」


 相変わらず押し寄せる敵兵の波の中で、目立つエセルフリーダの姿に馬を寄せる。

 突然のことに秩序だった撤退などできるはずもなく、ルリーナは指揮を各分隊長に任せて後退を指示していた。


「兎にも角にも、この状況を切り抜ければどうにもならんな」

「やられたのはほとんどご老体の軍だとは思いますが……」


 最も割を食ったのは、最前線で敵とぶつかっていたご老体なのは間違いない。

 現在も殿――いまやどちらが後方かはわかったものではないが――を務めている。

 次いで、ヨアンの指揮していた歩兵隊だろう。そのヨアン本人の姿は、ルリーナよりもまだ前方にある。

 馬上の指揮官や、それぞれの軍旗が掲げられているのが見えているため、おおよその部隊の位置は把握できた。


「隊列を崩すな! ゆっくりと下がれ!」

「応さ!」


 そのヨアンの隊は辛くも離散するのを逃れ、一つの集団としての体をどうにか保っている様子だった。

 団子状に固まって、槍を方々に突き出しながら、徐々に後退を続けている。常になく声を荒げ、指示を出す彼の姿に、状況の悪さがうかがえる。

 古参の民兵らは、その指示によく応え、十分に冷静な対応を行っている。


「騎士隊とは大違いですねぇ」


 エセルフリーダ隷下の騎士隊は、撤退を指示されたとはいえ、泡を食ってどたばたと真っ先に後退していった。

 ここに残っているのは、散り散りになったご老体の軍勢とエセルフリーダ、ルリーナ、ヨアンとその歩兵隊のみである。

 どうにか人波を蹴散らしながら、ヨアンらの隊に馬を寄せる。


「大丈夫か」

「ええ、何とか。ただ、長くはもたないかと」


 エセルフリーダの問いにヨアンはそう答えたが、言わずともわかる有様だ。

 向かって十二時から九時の方向まで敵勢で埋まっている。ルリーナらの周りを埋めているのは、正面から後退してくるご老体の軍勢である。

 それはもう必死の形相で駆けているのだが、その後ろから敵がついてくるのである。ご老体の軍勢と混戦を演じていた竪琴王国左翼の部隊だ。


「おお、リュング卿」

「アドラー殿か」

「何とか追いつきましたわい」


 禿頭を撫でて、参った。と、笑って見せたのはご老体である。その脇には、曲刀を持った例の男もいる。

 この状況にも関わらず、彼らには焦った様子も見られない。そのことを尋ねてみれば、


「まぁ、このくらいは修羅場にも入りやせんとも」


 という答えが返ってきた。そして、それより……と、続ける。


「中央が突破されたようだのぅ」

「どうにか後方で再編できれば良いのだが」


 どこまで後退しなければならないものか。本陣まで雪崩れ込まれたのでは洒落にならない。

 この会戦に敗北すれば、次はリュング城が標的となるだろう。

 山中の要害だとは言え、これだけの兵員を集めた敵勢から守り切ることは絶望的である。

 会戦が始まってからまだ二日、少なくとも、出血が足りていない。

 リュング城まで後退するどころか、背後を山に、正面を敵に挟まれて壊滅する可能性すらあった。

 開戦の時には気にもしていなかったことではあったが、この状況に至って、実に不利な地形である。

 

「夜になれば……」

「休戦になると良いがな」


 月は十分に満ちている頃だし、多少の被害は無視しても押してくる可能性はある。

 何より、今は夏。昼はまだ長い。じりじりと獅子王国軍の隊列は後退を続ける。

 今や形勢は逆転。獅子王国軍は追いつめられていた。


「戦力的には拮抗しているはずなのですが」

「中央が破られたのはほぼ疑いはないだろうな」

「……ふむ。どうなりますかな」


 この会戦は既に絶望的であると見るルリーナとエセルフリーダに対して、ご老体は何か考えがあるようだ。


「いや、まだわかりませんがの」


 ご老体はそう言って戦線中央を見やる。心なしか敵勢の流入が減ったような気もする。

 もしや、中央はどこかで踏みとどまっているのだろうか。

 戦況が二転三転として状況が読めない。


「翼でもあれば便利なのですがねぇ」

「鳥か、それはいいな」


 ルリーナがぼやいた言葉に、エセルフリーダは苦笑して答えた。流石の彼女もまた、戦況の読めなさに文句の一つも言いたいところだろう。

 空を見上げれば、今も烏が死肉を狙ってか飛んでいる。彼らのように戦場を見渡せれば、状況の把握も容易だろうに。

 ルリーナは一つ溜息をついた。とにかく、どうにかこの場を切り抜けなければ。

 今も寄ってくる敵を、ご老体のお付きの男が切り伏せていた。前方に居たご老体の軍もほとんどが逃げ去って、あとは敵が見えるのみとなってきている。

 ここが踏ん張りどころだろう。まぁ、後方に逃げるのだが。

 ルリーナは剣を握りなおすと、また一つ、溜息をついた。全く、思い通りにはいかないものだ。

第12話 ベルド平原の会戦:中盤戦 終了

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