シーン6
「迎え撃つぞ! 騎士隊前へ!」
エセルフリーダの凛と張り詰めた声が、迫る敵の喚声をも圧して響いた。
どうやら敵軍は示し合わせていたようで、左翼側の前進に合わせて、右翼側も攻勢に転じている。
騎兵隊を前面に押し出した竪琴王国の軍に対して、ご老体の軍勢は矢を射かけ始めたが、定まった陣地を持っていないゆえに襲撃を受ければ無事では済まないだろう。
三々五々と長短さまざまな槍が隊列から覗いているが、どれほどの意味があるものか。
「私は――」
「ルリーナは砲兵、歩兵隊のもとに残ってくれ」
むぅ、とルリーナは少しむくれるが、エセルフリーダから直接に言われたのでは従うしかあるまい。
ちょっと、ほんの少し、悔しいところではあったが、騎士同士の衝突の最中ではルリーナの軽装は命取りになる。
「砲兵隊ぃ」
「放て!」
ニナとナナの砲兵隊が、どれほどの効果があるものかはさておき、砲弾を敵陣に送る。
既に直接に狙って当たる距離。つまり、騎士からしても突撃発起点が近い。
「傭兵隊! 私が直接指揮をとります!」
エセルフリーダらが前進を始める中で、ルリーナは剣を引き抜き、傭兵隊に号令をかけた。
「銃兵構え!」
精々十数人しかいないが、騎士を一人でも減らせれば御の字だ。傭兵隊の弩兵らも、各々の弩を構える。
「放て!」
景気づけ、とばかりに銃声が響き、その音を合図にしたかのように騎士たちが速歩、そして駈歩、襲歩とその歩を速めていく。
瞬き一つの間には騎士同士がぶつかり合い、槍と槍が、鎧と鎧が、馬と馬が、時に聞くに堪えないような音を立てる。
「銃兵、射撃中止」
味方の背中を撃つことを避けて、ルリーナは銃を納めさせた。
ルリーナの傭兵隊も騎士隊に追従する歩兵隊に混ざり、前線へと近づいていく。
騎士同士の衝突は、最初の衝撃力を失って、混戦の様を繰り広げていた。
その中で目立つのはもちろん、白銀の鎧を身にまとったエセルフリーダの姿だ。
初めの衝突で槍は既に折れ、抜き放った片手半剣で丁々発止とやりあっている。
巧みな馬術で、脚と姿勢だけで馬を動かしてみせ、時に横飛びに体当たりを食らわせて敵を落とすなど、まさに格の違いを見せつけるようだ。
剣で鎧を切り裂けるはずもなく、直接的な出血が少ないことから、返り血の一つも浴びずに陽を照り返す白銀の鎧は、戦場にあって現実感を薄れさせる。
彼女はちらり、と迫る歩兵隊を肩越しに見ると、馬首を翻した。
「撤退! 再編成だ!」
そのまま歩兵を混ぜての混戦となれば、馬の脚が封じられ、多大な被害が出る。
敵に背中を見せるのは同様に危険であったが、咄嗟に追いかけようとした竪琴王国の騎士らは、エセルフリーダ、ご老体両軍と、自らの歩兵隊に挟まれ、身動きが取れなくなっていた。
「くそっ! どけ! 退け!」
ルリーナは友軍を蹴散らす訳にもいかず立ち往生し、いら立ちの声を上げる騎士の一人に狙いをつける。
「良い的ですねぇ」
馬上にいるがゆえに、体が歩兵の群れから飛び出ている。
ルリーナは担いだ銃を構えると、狙う間もなく撃ち放った。
「何だ!」
「下馬だ! 下馬しろ!」
銃弾は、鎧の胸元を易々と貫き、騎士は馬上からもんどりうって落ちた。
手綱をひかれ、バランスを崩した馬がいななきを上げて倒れ、それらの下敷きになった人間のどよめきが聞こえる。
他の騎士らは状況に気づいたか下馬しようとするが、足の踏み場もない状況に悲鳴に近い声をあげている。
「弩兵、がんがんやっちゃってください」
「おう、まってやしたぜ」
「良い的ばっかだぜ」
銃兵の――というよりも、手銃の精度に信頼はおけないので銃兵隊は後方へ回したが、古株の弩兵隊の腕は信用できた。
既に敵の白目まで見える距離だ。薄い板金の鎧など、強力な弩弓であれば簡単に撃ち抜くこともできる。
ルリーナは馬上で再装填する手間を嫌って、銃をまた担ぎなおした。
「やっと、新しいのがまともに使えますぜ」
と言っている弩兵の一人は、おそらく従軍商から購ったのだろう、巻き上げ機のついた金属製の弦をもつ弩を持っている。
もちろん、自費である。射撃速度は落ちるし、威力は過剰ともいえ、全員に持たせる理由もない。趣味の域だろう。
「わぁ、凶悪……」
しかしまぁ、確かにその威力は魅力的で、ルリーナが思わずそう呟くほどではあった。
放たれたボルトは、一人の歩兵鎧を撃ち抜いて、二人目まで届くほどであったし、体の半分以上もの長さのある弩は、威圧感も十分である。
ぶぅん、とうなる弦の音も恐ろしい。
「これ、私も下馬しましょうかねぇ……」
投射武器の恐ろしさは、自分も重用しているからわかっているつもりだったが、こんなもので射られたのではたまったものじゃない。
きりきりと弦を巻き上げる早さを見るに、一分間に二発がいいところか。
「いやぁ、隊長はでーん、としていてもらわねぇと」
「解っています。冗談ですよ」
どうやら敵は弓兵と歩兵に分かれている訳でもなく、しかも友軍主力と混戦状態なのだから、そうそう射られることはないだろう。
すくなくとも、シギ撃ちの如く狙うような間もあるまい。
「しかし隊長にも恐いものがあるんでやすねぇ」
「当り前ですよ、私を何だと思っているのですか」
カメの言葉に、ルリーナは軽く眉をしかめて答えた。このやり取り、以前にもした覚えがある。
「まったく、こんなにか弱い乙女を捕まえて何を言っているのだか」
「か……弱い……?」
どこからともなく疑問の声が上がる。きっ、と睨みつけると全員が示し合わせたかのように目をそらした。
そうこうしている間も、乱戦は続いており、弩兵達は黙々と――というわけでもなかったが、狙撃を続けていた。
始まる前から解っていたことではあったが、獅子王国側が若干押している。しかし、決定打は得られない。というところだった。