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シーン4

「集合! 集まれー!」


 仮寝の床から、三々五々と兵らが立ち上がる。朝の陽射しの中に、まだ燻っている焚火の煙。鳥が空高く囀りを響かせている。

 静かだった平原に、やにわに慌ただしい空気が流れ始めた。


「忘れ物とかするんじゃねえぞー!」

「ガキじゃねえんでやすから」

「違いねぇ」


 隊列が整えられていく。既に場についた者らは肘で突きあいつつ雑談に興じ、靴紐を結び直すためにしゃがむ者もいる。

 ルリーナはぼんやりとそれを眺めていた。急がせても仕方ないし、早く集まったからどう、という訳でもない。


「しかし、暑いですねぇ」


 まだ早朝だと言うのに陽射しは燦々と降り注ぎ、ルリーナの跨る馬もまだ動いていないのにしっとりと汗をかいていた。

 馬上からだらーん、と首に抱き着いてみれば、陽に焼かれた胸甲が熱かったか、嫌がって地団駄を踏んだ。危うく落ちそうになって、手綱を掴んで引き止める。


「何やってるんでやすか」

「相変わらず、余裕ですな」


 カメとチョーが微妙に白い視線を投げかけている気がする。いや気にしない。

 しかし、この馬の名前を何にするか、それが目下一番の関心だった。


「エセルフリーダ様の馬はシルク、ヨアンさんのはオブシディアン……」


 どちらも葦毛と青毛の毛並みの色から取った名前だろう。そこから考えると、ルリーナの跨るこの駒は黒鹿毛である。後は何の名前からとるか。

 ルリーナがうんうんと唸っている下で、馬はのんびりと道草を食んでいる。自然の馬は常に食事をしているもので、時間を決めて食事をするのは、人に飼われてからである。

 これが駿馬、軽種の馬ともなると、胃腸が弱い事もあって困りものだが騎士の馬である重種の馬なら気にもせず道草も食ませられよう。

 いつも干し草、というのでは味気もないだろうし。そういえば、と干し果物を口元に運ぶと、実に嬉しそうに食べた。馬は甘いものが好きだ。


「隊長、集合終わりましたぜ」

「よーっし、それじゃ、合流しますよー。行進です」


 すすめー! と、声をかけると、バラバラと兵らは歩き始める。五十人近かった兵も二十数人となってしまい、随分と寂しいものではあった。

 既に集合を終えていたヨアンの隊の横に付けると、最後の装具点検を行わせる。ルリーナ自身も鐙の長さを微調整していた。

 前日には長すぎると思った分、鐙革に穴を幾つか空けていたのだが、いまいちしっくり来ない。

 早々に自分用の鐙も欲しいし、替えの馬も欲しい。馬に乗る。というのは、馬だけが居ればいいという物ではないのだ。

 馬一頭に一日中跨っているのは――今、まさにその状況だが――かなり無理をさせている状況である。

 鞍に苦労していることから解るように、自分に合わせた鞍も必要であるし、馬にも合わせることを考えると一つでは足りない。

 この鞍、というものがまた安くない。そして勿論、馬の食事も用意しなければならないし、ほぼ使い捨てと言って良い槍がなければ騎士の衝撃力も半減以下だ。

 全身鎧までそろえようと思えば、傭兵隊の収益のほぼすべてを傾けなければ、いや、それでも足りないかもしれない。

 それらを維持する為には従士や荷車も必要である。騎士というのは金食い虫なのである。領土でもなければやっていけない。


「騎士だから領土が必要なのか、領土があるから騎士になるのか」


 領主の義務、というのはそういう事である。貴族といえど別に左団扇で生きている訳ではない。

 村ひとつで名目上騎士、などという身分は正に悩みものだろう。戦費が嵩んで首も回らない。

 結果として、どこかの領主に槍を貸すことになり、エセルフリーダの騎士隊も大半が正にそれであった。

 この辺りは国によって身分に差があるもので、初めて聞いたときには、それは従士というのではないかとルリーナは首を傾げたものである。


「おはよう」

「お疲れ様ですー、随分とお疲れのようですね」


 隊の前に立つルリーナとヨアンは横並びとなる。横を見れば、昨晩、遅くまで書類と奮闘していたヨアンは、目の下に隈を作って、若干、痩せてすら見えた。


「ああ、まぁ、気にする程じゃないよ」


 まだ。と続けるヨアン。一日目からこの調子で大丈夫なのだろうかと思ったが、どうやらいつもこんな調子らしい。

 砲兵隊を引き連れてきたニナとナナにも挨拶を返すと、然程待たずしてエセルフリーダも到着する。


「全隊、集合終わり」


 特に気取った様子もなく、エセルフリーダはヨアンの報告を受け、一つ頷くと隊を見渡した。


「諸君、ご苦労。本日も奮戦を期待する」

「……え、終わり?」


 楽にして良し、と言われる前に、思わずそんな言葉が口から出ても責められはしないだろう。

 長々と話したところで、特段意味があるわけでもないが、こう、兵を鼓舞するというか。


「冷血殿は人の気持ちが解らん」


 などという声が、持ち場へ移動する騎士の隊列から聞こえたのも、まぁ、解らなくもない。


「傭兵隊も前進ー、古参民兵隊に追従してくださいねー」


 微妙に手抜きの指示を出しつつ、敵方を見やる。相も変わらず、隊を組んで待ち受けているように見える。

 友軍側ではご老体の更に左翼側に位置する部隊が正面から当たる形で、ご老体が迂回攻撃を仕掛ける形である。

 エセルフリーダの軍は、しばらく遊軍という形だ。兵力も大きくはないし、何より緒戦で功績を立てている。


「花を持たせる、と」


 敵は後退を続けるか、打って出てくるか。いずれにしても解決策は用意している筈だ。

 両軍のお手並み拝見、というやつだった。

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