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シーン1

 会戦といえど、夜間は慣例的に休戦となる。

 月明かりは本を読める程には明るいが、行く先を見るには暗い。

 互いの焚く篝火が、隊伍を組んだ兵の顔と武具をゆらゆらと妖しく照らしている。


「どーせ、戦闘になる事はないでしょうにねぇ」


 慣例的なものである以上、協定も結んでいる訳ではないのだから夜襲が絶対にないとは言えない。

 湿気た薪から出る煙が目に染みる。多分、顔も煤塗れだろう。この時ばかりは、伸ばした髪も切りたくなる。

 道草を食む馬の上で、ルリーナは背を伸ばした。大きさの合わない鞍に跨り続けた所為で腰も痛い。


「隊長」

「これはどうも、カメさん達も適時休んで下さいね」


 カメの差しだした濡らした手巾で顔を拭う。

 兵は見せかけだけで交代で立たせ、前哨として数人を置いている。

 気紛れに銃を撃たせてはいるが、安眠妨害程度の意味しかないだろう。


「了解でやす」

「夜は寝る時間ですよぉ……あふ」


 あくびを噛み殺して、苦笑するカメを見送る。

 当直に立っている兵以外の者らは、焚火を囲んで思い思いに休憩の時間を取っている。

 武具の調子を確かめている者も居れば、足に巻いた布を取って、乾かしている者も居る。

 サイコロ賭けをしている物もいるし、地面に横臥して静かに目を閉じている者もいる。

 まだ寝るには早いし、さりとてする事も無し、といった様子ではあった。

 ルリーナが見るに、空気は悪くない。

 緒戦は大勝と言っても良い成果であったし、新兵を除いて人死にも少ない。

 その新兵にしても、ショックを受けている暇もない、という様子ではあった。

 現在、エセルフリーダの軍は、彼女が軍議に出ているため、ヨアンが代理で指揮を執っている。

 ほぼ形だけ、と言う所では有ったが。


「指揮官代理、砲兵隊は休ませてもぉ」

「いいよね」

「えっ、あぁ、まぁ」

「ところで指揮官代理」

「当直の順番はどうなっているのでしたっけぇ」

「えーっと、それは」

「指揮官代理ぃ」


 ニナとナナに絡まれてたじたじとしているヨアンだったが、それで兵らに示しがつくのだろうか。

 とはいえ、兵らも特に気にしている様子ではなかったが。

 騎士らはもとより、古参民兵隊の面々も、慣れきった顔で気にも留めていない。あるいは、意地の悪そうに笑っている者もいたが。

 夜間の休戦中には遺体の回収なども行われ、それらに手を出さないのも暗黙の了解になっていた。

 確実にこちらの陣営の偵察も兼ねているだろう者らがいるが、下手に死体が転がっていれば精神的にもよろしくない。

 勿論の事、第一に遺骸は病気を運んでくるし、それに自分自身が倒れた時に野に晒されたままでいると考えるのは嫌だろう。


「しかし、停戦になってもいいはずなのですけれどねぇ」


 少なくとも、緒戦では獅子王国側が大勝。竪琴王国側の左翼は崩壊し、半包囲の形に追い込まれている。

 他の戦線でも膠着状態が続いており、およそ逆転の目があるとは思えない。

 一当たりで兵を引く、という事に抵抗があるのだろうか。

 しかしながら敵陣は相変わらず煌々と照らされ、陣地転換をする様子も見られない。


「戻りやしたぜ大将」

「ああ、お疲れ様ですー」


 淡い月明かりに照らされた、暗い闇の中からぞろりと現れたのは、コウである。

 ほっかむりを取って顔を見せると、敵陣の報告を始めた。


「相手さん、まだまだ戦争を続ける気満々でやすぜ」

「ほう、兵の士気の方は?」

「ガタガタ、でやすなぁ」


 敵方の兵と話をしてきた所、指揮官からはとにかく大丈夫だ、というような言葉しか聞いておらず、現場は度重なる撤退に辟易しているとの事。

 どうやって話を聞いたかといえば、それこそ遺体回収だ。


「で、いくら拾ってきたんです?」


 ルリーナが尋ねると、ほくほく顔だったコウの笑顔が固まる。


「いやー、はっは、何のことだかさっぱり」


 まぁ、別に良いのだけれど。ルリーナは溜息をつく。

 要は、遺骸の懐を漁ってきたということだ。思った以上に裕福な者が居たのだろう。

 褒められた事ではないが、別に禁止するほどの事でもない。


「とりあえず、幾らかはお布施にでもしてきてくださいねー」

「えぇ……」


 陣を巡っている従軍僧侶を指してルリーナが言えば、コウの顔に情けない表情が浮かぶ。

 信心深いと言う訳でもないだろうに、というような視線に、ルリーナは目をそらした。


「ほら、お金を貰った人達が救済されるためだと思って」


 行った行った、と手を振ると、とぼとぼとコウが歩いていく。

 入れ替わりでチョーが従軍商人からの物資納入が終わった旨の報告に来たり、と、休戦中とはいえ確認する事は多い。

 いや、寧ろ、そちらの方が本来、主たる仕事といっても過言ではない。

 今回の戦闘における被害と戦果も纏めなくてはいけない。後で請求するためでもあるし、補給物品を決めるためでもある。

 前線指揮官でこれである。上級指揮官となれば、どれほどの仕事量となるか。


「面倒ですねぇ」


 空を見上げれば、まだまだ夜は長そうだ。リョーが運んできた粥を受け取って、憂鬱な作業に思いを馳せる。

 これだったらいっそ、夜戦でも起きればいいのに。

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