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シーン7

「わ~、めんどくさい男」


 如何にも柄の悪い男達の手にはそれぞれナイフや木の棒、農具と言った凶器が有り、街の追いはぎと言った風情を漂わせていた。


「昨日の借りを返しに来たぜ!」

「結構です。貸しっぱなしで良いので帰ってください」


 真顔で返すが聞こえてはいないらしい。

 スリーピーの手綱をリョーに渡し、宿に戻って応援を呼ぶように伝える。

 それが目立たないようにグレイブを引き抜いて挑発の声を上げる。


「しょーじき、どーでも良いのですが、そんな装備で私に挑むつもりですか?」


 グレイブを一つ振ってやると、体の周りを回して見せる。

 それに呼応するように、ショーが盾を構えると槍でそれを叩き、調子を取る。


「はん、たった二人じゃねえか、そんなもん恐かねえぜ。野郎ども!」


 人数を嵩にかかり、男達が近付いてくる。

 狭い路地に追い詰めたつもりだろうが、寧ろその地形はルリーナ達の側に味方した。


「ショーさん、殺すなとは言わないのでしっかり盾を構えて近づけないように」

「了解です」


 ショーを右側に立たせる。

 左手に盾を持ち、無防備な右側を壁で隠す形だ。

 ルリーナ自身は盾を持たず左側に立つ。

 道は三人が横に並べる程度。

 後ろに回られる危険を避ける為に二人分はルリーナが受け持つ形だ。

 自然、ルリーナに攻撃が集まるが、この程度ならば時間稼ぎは苦もないだろう。


「手加減は、できないかもしれませんよ」

「はっ、言ってろ!」


 血気盛んな一人が突っ込んでくる。

 手に持っているのは肉斬り包丁だろうか。

 ルリーナは目を細めると、石突きの側、柄で相手の脚を払う。

 駆け込む姿勢のまま倒れたそれの頭を、上から打ち下ろして叩く。

 下手したら死んでいる。うまく行けば生きている程度だ。

 ショーに迫った一人は盾を前に攻めあぐねていた。

 盾で身を守りながらチクチクと槍を突きだす。

 時折それが当たって、血が舞った。

 それを嫌がって下がった敵に一歩踏み込み、盾で押し倒すと、ショーはその頭を蹴りつけた。

 あっという間に二人が片付けられたならず者たちは二の足を踏む。


「今なら見逃してあげても良いのですけれど?」

「ふざけるな!」

「その言葉聞き飽きましたね」


 三人が一気に駆け寄ってくる。

 大振りにグレイブを薙ぐ。

 それを避けて後ろに下がった男達がじりじりと間合いを見計らう。

 時折ショーの槍が突き出され、それを男が棒で受ける。

 あるいはルリーナの突き出したグレイブに押され、一歩退く。


「手前ぇら! なにをぐずぐずしてんだ!」


 膠着した戦線に業を煮やした首領格の男が声を荒げる。

 前に出てきていた三人が嫌そうな顔をする。


「下がれ、変わる」


 一人が前に歩み出てきて棒を構える。

 身の丈ほどの棒を油断なく構えた男は、ルリーナに打ちかかる。


「へぇ、結構やりそうですね」

「その余裕……不愉快だな」


 ただの棒、と侮る訳にはいかなかった。

 複雑な軌道で襲い掛かる棒の先を、先重になるグレイブで受けるのは至難の業だった。

 男はそれを長柄のように使うのではなく、手を狭めて使っている。

 つまりは両手剣の代わり、という事だった。

 ルリーナは武器を自由に振る為にショーの前に出る。

 お互いに一人ずつを除いて手出しが出来ず、図らずも一騎打ちの形になった。


「勿体ないですね。うちの傭兵団で働きませんか?」

「はっ、それも良かったんだろうがよ」


 隙を見て軽く切りかかったルリーナのグレイブを何とか両手で押しとどめて、手練れの男は苦く笑う。

 よく見れば踏み込むたびに片足をかばっているのが解った。


「その足は……」

「ばれたか、戦場で折っちまってな」


 上手く治らなかったのだろう。

 それが原因で軍や傭兵を辞めていく者も少なくない。


「うーん、せめて本物の剣を持った貴方と戦いたかったですね~」

「温情感謝するよ。こうして打ち合える相手に会えるとは思っていなかった」


 ルリーナはわざと付きあってやっていた。

 本当に終わらせたければ、多少の隙に目を瞑って踏み込めば良いのだ。

 彼女の重い一撃を、木の棒で受け止める事はできまい。

 型よろしく打ち合い続ける。

 その両手剣の繰り方には覚えが有った。

 お互いに手の内を知っている者同士のスパーリングが続く。

 木の柄と、棒がぶつかり合う音が狭い路地に響いた。


「神聖帝国から来ましたか?」

「いや、そうか、神聖帝国流の訓練術だったのか」


 得心がいったように男が笑う。


「傭兵隊長に習ってな」

「その人は?」

「死んだよ。残念ながらな」


 数合打ち合って離れ、数合打ち合っては離れを繰り返す。

 男の額には脂汗が浮いていた。

 おそらく足が痛むのだろう。


「おい、何を悠長に話してやがる」

「すんませんね、坊ちゃん。俺はもう限界みたいでさ」


 首領格の男は舌打ちする。

 手練れの男が数歩下がり、再び追いはぎめいた男達が入れ替わりに前に出てくる。


「あー、ほんっとうに鬱陶しいですね」


 流石に疲労は貯まってくる。

 適当にグレイブを振ってまた間合いを取る。


「隊長、さすがっスね」

「いや、あれは向こうも上手いですよ~」


 再びショーと肩を並べる。

 時間は結構経ったような気もするし、まだ殆ど経っていないような気もする。

 再び体力を削るような睨み合いに戻る。

 ショーが盾の陰から槍を突き出し、敵の持つ農具や木の棒をルリーナが断つ。


「そろそろですかねー」

「そろそろ来てもらわないと困るっス」


 何発か盾に貰っているショーは呻く。

 ルリーナも際どく数発が掠ったが、厚手の服は防具代わりによく働いた。


「そろそろ諦めたらどうだ?」

「諦めたらどうしてくれるんです?」

「可愛がってやるよ」


 下卑た笑い声に、こいつ殺しても良いかも、という思いがもたげる。


「お断りです。寧ろそちらが降伏の用意をしていた方が良いのでは……来ましたね」


 狭い路地裏に、太鼓を叩くような音が響く。

 二重三重に重なるその音は、一定のリズムで叩かれていた。

 ルリーナ達の後方からだけでなく、追いはぎ共の後ろからもそれは聞こえてくる。

 暗闇に紛れて少しずつ近づいてくる音に、追いはぎたちはざわめく。

 それは傭兵たちが盾と得物を打ちあわせる音だった。

 悪鬼のような顔をした男達が淡々と盾を打ち鳴らし、歩み寄ってくる。

 やがて一人の男が片手持ちの戦斧を高く掲げ、全員が止まると同時に盾を構えた。


「フゥッ!!」


 喊声を上げると、盾の壁、シールドウォールが現れた。


「すんやせん隊長、お待たせしやした」

「おー、カメさん。早かったですねぇ」

「カメさん……? 後は任せてくだせぇ」


 ルリーナに話しかけたのは、例の代表になったらしい大きい亀のような男だ。

 手斧を携え、盾を背負っている。


「いつの間に仕込んだんです?」

「いやぁ、皆やることがなくてですな」

「えー」


 しっかり休ませるつもりだったが、訓練をしていたらしい。

 彼がいかにもな北方民の戦士だから円形盾を全員に持たせたのだが、どうやら正解だったらしい。

 弩を持った兵が所在なげに遊んでいるが、まぁ、及第点と言えた。


「隊長、命令を」

「あ、あそこの棒を持った一人と、剣持ったヤツは無傷で確保して下さいね~」


 では、とルリーナひとつ咳払いをすると大きく息を吸った。


「蹂躙せよ!」

「応!」


 一方的な戦いだった。

 盾に押され、槍で小突かれ、抵抗らしい抵抗も出来ずに、路傍の石のような扱いで転がされていく追いはぎ達。

 前後からサンドイッチのようにされ、逃げる事さえ許されない。


「なぁ、良いところなんだがよ、俺らどうすれば良いんだ」

「これで撃ったらあいつらの背中に当たるよな」

「いかんか」

「いかんでしょ」


 弩を持った三人が見せ場に参加できずにぼやく。


「大丈夫ですよー、貴方達は後々大活躍ですから~」

「マジっすか隊長」

「なんか申し訳ねーです」

「駆けつけたのによう」


 あっという間に制圧して、二人の男が引っ立てられてくる。

 十人近いその他の者らは道に点々と転がされていた。


「あちゃー、生きてるかなアレ」


 明らかに骨の一本や二本や三本や……いやもっと折れて血を吹いて倒れている者も居る気がする。


「何をする! 離せ! 俺を誰だと思っているんだ」

「いやー、はっはっは、お手上げですな」

「隊長、どうしやす?」


 例の首領格の男は縛り上げられて尚、見苦しく暴れている。

 手練れの男は寧ろさっぱりした顔で引っ立てられている。


「そっちの剣持ってるのは任せます。適当にひん剥いて詰所の前にでも捨てといてください」

「おう、そうですかい、じゃあ兄ちゃん、ちょっとこっち来ようか」

「待て! 何する気だ! やめろ!」

「まぁまぁそんなつれない事言わずにさ、取り敢えず飲もうぜ」

「やめろ! なんだそれは!? やめ……ごぼごぼごぼ」


 酒瓶を口に押し込まれながら無理矢理飲まされているソレから目をそらしてルリーナは手練れの男に話しかける。


「どうです? どうやら今の待遇には満足いってなかったご様子。私たちについてきませんか?」

「しかし私は見ての通り足を病んでいる身、戦士としては役に立たないかと」

「歩く分には支障はないのでしょう?」

「ええ、それはまぁ」

「でしたら訓練係としてでもうちに来てくれませんか?」

「……良いんですかい?」

「ええ。見てのとおり、弓兵が上手く動かせてないようでして~」


 手練れの男はしばらく悩むように顎に手を当てた。


「また、戦場で戦えるんですかい」

「ええ、そのつもりです」

「……解りました。隊長、付いていかせてくだせぇ」


 男は片膝をついて頭を垂れた。


「今までの御無礼をお許しください」

「構いませんよ、雇われていたのでしょう?」


 手練れの男を立たせると、ルリーナは傭兵たちに向き直る。


「戦士たちよ! 良くやった! よくぞ私の危機に駆けつけてくれた!」

「当たり前ですぜ、隊長!」

「こんなもんなんでもないですぜ!」

「諸君の忠誠は確かに受け止めた! 私についてこい! 悪いようにはしないぞ!」

「はい! 隊長!」

「さぁ、帰って飲むぞ!」

「応!」

「あ、そいつの事はカメさん、任せます」

「あいよ」

「なにをする~、やめろ~」


 べろんべろんに酔い潰されている男を置いて、傭兵団は意気揚々と引き揚げていく。

 今やその一員となった手練れの男はソレを酷く冷たい目で見て去っていく。


「坊ちゃん、あんたは最悪の主だったよ」

「んあ~?」

「よーしよし、飲もうなぁ」

「ごぼごぼごぼごぼ」


 酒宴は夜遅くまで続いた。

 途中でなにやらつやつやとしたカメが戻ってきたが、誰も何も言わずに杯を酌み交わし、大声で笑い、勝利を祝った。


「いやぁ、意外な初陣になりましたねぇ」


 女将に頼んで開けて貰った、葡萄酒の樽から酒を汲みつつルリーナはぼやいた。


「今日は何が有ったの?」


 あちらこちらを忙しなく走り回っていたマリーが問いかける。

 明らかに常軌を逸した大騒ぎだ。


「いやちょっと、例の男にお灸を据えたというか」

「え?」


 マリーが驚いたように目を丸める。

 ルリーナはそれに曖昧な微笑みを返した。


「すみませんね、うるさくしちゃって」

「いやいや、うちも高い樽開けて貰っちゃって。有り難い限りだよ」


 女将に声をかけると、嬉しそうに返した。

 十数人で飲みきれない分も有るだろうから、と女将やマリーにも葡萄酒を飲んでもらっている。

 久々の美味い酒に、皆大喜びだった。


「残念だねぇ、あんたら明日には出ちゃうんだろ?」

「ええ、でも、また来ますよ。きっとね」

「ああ、ああ。待っているとも」


 女将と抱き合って別れを告げる。

 宴もたけなわ、傭兵たちは陽気に飲み続ける。

 明日の事も知れぬ身だが、いや、だからこそ、今を精一杯に楽しんでいるようだった。



「ちょっと、飲みすぎましたかね~」


 ふわふわとする階段を上り、ルリーナは自分の部屋に向かう。

 酒場は死屍累々といった様子で机の上に寝る者、椅子に座り突っ伏したままの者、厠に行って帰らぬ者、床に倒れ込んだ者が折り重なっていた。

 部屋の扉を開ける。

 閉めていた筈の窓から夜の冷たい空気が流れて来て、頬を撫でる。


「あ、戻ってきたわね」


 窓際に座っていたのはマリーだった。

 月の光に照らされて、潤んだ瞳と火照った頬が妖しく輝いていた。


「いつの間にか見えないと思っていたんですよ~、どうしたんですか~」


 マリーは唇を尖らせると、指を当てた。


「遊びにきちゃった」

「ふふーふ、駄目ですよ、私は明日には発つのですから」

「でもまた、戻って来てくれるのでしょう?」

「ええ、勿論。御婦人を悲しませるわけにはいきませんから」


 演技じみた動作でルリーナが帽子を脱いで一礼すると、マリーは穏やかに笑った。


「ありがとうね、私の騎士様」

「私は一介の傭兵です」

「今だけ、よ」

「では、その栄誉を受けさせて頂きましょうか」


 窓は閉められ、月の光もその場から締め出された。

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