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シーン7

「お待ちしておりました、リュング卿」

「ああ、状況は」

「ご覧のとおりです」


 雑談の声に気を取られることもなくエセルフリーダは歩を進めて行き、待機していた王の従士隊の隊列に追いつく。

 もう目と鼻の先に見えているのは、正面からぶつかり合った二つの軍勢だ。歩兵を主力とした獅子王国側の軍と、騎士を多く持つ竪琴王国の軍。

 しかし、竪琴王国側の軍は、突如側面に現れた騎士らに圧迫され、自らの騎士隊を下げざるを得ない状況にある。

 混戦で足を止めたまま襲撃を受けたのでは、あっという間に全滅だ。


「くそ、ベルド卿の隊は何をやっているんだ!?」


 竪琴王国から見て左翼側は最左翼ベルド男爵の前進に合わせて突出していた。半包囲を気付く形を狙っていたのだろう。

 ところが、そのベルド男爵の軍が退いた現在、自由になったエセルフリーダの軍が側面から喰らいつく形になる。

 予備戦力の従士隊が投入された事を見て、それでもまだある程度の余裕を持っていた竪琴王国側の軍勢も、エセルフリーダの合流にざわつき始めた。

 一度撤退して戦力を整えようにも、獅子王国側、ご老体の軍に拘束されてしまっている。


「おお、来たか」

「お待たせいたしました、アドラー殿」


 禿頭で眼帯。兜を被らずに帽子を頭に乗せ、手にメイスを持ったご老体が、毛の禿げた馬に跨って近付いてくる。それに答えたのは従士隊の長だ。

 しかし、上に乗るのが歴戦の勇士であれば、乗せている馬もそんな様子だ。黒鹿毛がまばらな色合いで、肋骨が浮くほどに痩せ、毛が禿げているのが目立つが、不思議とみすぼらしさは感じられない。

 戦場とは思えぬ程に悠々と歩む一人と一騎は、飛び交う矢玉が自ずから避けていくと信じているように見えた。


「構わん、構わん」


 前線は槍と槍が交錯し、剣と剣が打ち合う、正に混戦の様相を呈していた。

 その最前線で獅子奮迅の活躍を見せているのは、開戦前にルリーナと剣を交えた東洋人の男だ。

 正面から当たるのを適確に避け、いなし、他の兵に拘う敵を側面や後背から切りつける。踊るような剣技だった。


「さて、どういたしましょうか」


 従士隊長がそう尋ねる。このまま様子を眺めているだけでも獅子王国の側の勝利で決着がつきそうだが、そうこうしている間に友軍にも被害は出ている。


「うむ、最後の一押しといってもらいたいな」

「了解」


 ご老体に答えたのは、エセルフリーダだった。

 二、三歩前に出て、槍を構える。それだけで、周囲の温度が二、三度下がったような錯覚を覚えるほどの緊張感が広がる。

 それまで雑談に興じて、笑い合っていた騎士達も、はっと息を呑んでその表情を引き締めた。

 真っ先にエセルフリーダの横へとつけたのはルリーナだ。槍を掲げ持つ。


「我が主、リュング卿の為に」


 その言葉を聞いて、面頬の奥から、エセルフリーダが目を向け僅かに笑ったような気がする。

 よく言う、と鼻で笑ったようにも思えたが。


「襲撃準備!」


 エセルフリーダのその声を聞いて、騎士らが横一列に並ぶ。

 王の従士隊はその後ろ、計二列に別れた騎士達が、穂先を並べて隊列を組んだ。

 そして、後詰にはヨアンの指揮する古参民兵隊の姿。

 いよいよ、敵軍の動揺が目に見えるようになってきた。

 既に、背を向けて逃げようとした数人が、背後から切りつけられて地に伏せている。


「襲撃!」


 騎士隊の喊声が上がった。蹄が地を蹴って大地を揺らし、この世とは思えない声が天を轟かす。

 さながら悪夢のような光景だろう。敵軍にとっては。

 疎らに降る矢は騎士の鎧を貫くに能わず、差し出された槍を折り散らし、人の壁を蹴破って、騎士らは突撃を敢行する。

 襲歩になった馬らは、団体になって狂ったように駆けだす。今や誰にも止める事はできない。

 ルリーナは、素早く敵に目をつけると、一人の相手に狙いを定めた。


「いきます!」


 逸る馬の腹を、更に蹴る。ぐん、と体を伸ばして、彼は他の騎士を置いて加速してみせた。竪琴王国の歩兵らの最中に突っ込む。


「に、逃げろ!」

「ひっ」

「神様っ!」


 断末魔の声が、骨が折れ、肉が切り裂かれる音までもが、聞こえたような気がした。

 あっという間に敵の軍勢が溶け落ちていく。これが騎士の襲撃だ。

 しかし勿論、無傷という訳にはいかない。馬を射られ、地に落ちた騎士もいる。

 足を止めたところを囲まれて、四方八方から槍に刺された者が居る。

 そして、ルリーナのすぐ横を走っていた筈の者は、弩弓に頭を撃ちぬかれ、馬から転げ落ちた。

 自らに起きた事を理解できないかのような見開いた瞳が、最期に行き場もなく中空に投げ出され、それが数瞬ルリーナを捉えた。

 それは、ルリーナが騎士隊の中に見た、騎士見習いの少年だった。

 ルリーナは脇に携えた槍を一人に向ける。然程の力もいらない。熱したナイフをバターにつきたてるように、それは一人の命を奪った。

 寧ろ、それに体を持って行かれないように衝撃を逃がす方が難しい。ルリーナは槍を手放した。

 そのまま、その兵の持っていた軍旗に手を伸ばすと、掴み取る。突き出される刃を身を捻って避け、そのまま騎馬に回頭させ走らせた。


「後退!」


 敵兵を蹴散らし、突撃の勢いを失ったエセルフリーダの隊は、即座に転進、後退を始める。

 すれ違うように戦場に突入してきたのは従士隊の面々だ。崩れた隊列が、最後の一押しを受けて完全に瓦解する。

 二の足を踏んでいた竪琴王国の騎士が駆け寄ろうとするがもう遅い。ご老体の軍が前進を始め、後退したエセルフリーダの騎士隊がその直掩につく。


「見事だな、ルリーナ」

「はっ」


 今度こそ、エセルフリーダは笑っていた。ルリーナの手には敵の軍旗。これは文句のつけようのない武功だ。

 高々と軍旗を掲げて見せれば、周囲の騎士達からも流石に文句の声は出ない。

 襲撃の余韻から息を吐き、周りを見渡せば、既にこの戦線では粗方、決着がついていた。

 日は既に低く、赤い夕焼けが戦場を染める。戦況は順調に獅子王国の側に傾いているように思えたが、ルリーナは根拠もない、微かな不安を捨てられないでいた。

第11話 ベルド平原の会戦:緒戦 終了

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