シーン6
「いやまさか、こうして轡を並べることになるとは……」
ルリーナはエセルフリーダの騎士隊の後尾についていた。
周りには、チェーンメイルにプレートメイル、ブリガンダインとばらばらの装備ではあるものの、それぞれに誇らしげに家紋を掲げた騎士達。
その中でルリーナは悪目立ちしている。鎧といえば胸甲のみで、兜もなく帽子を被っているだけ。
替えの槍を渡されて戦列には加わっているが、面頬の奥から注がれる視線が痛い。
「御好意だとは思うのですけれどねぇ」
先頭を行くエセルフリーダの白銀の鎧を目に収めつつ、ルリーナは小さくため息を吐いた。戦果を挙げさせて、後に重用するつもりだろうか。
もしかしたら、戦力を遊ばせておく事が勿体ないと思ったのかも知れなかったが。
ルリーナの隊はといえば、戦場に散らばった武具を拾い集めて、武装を整えている最中だった。
傭兵らは緒戦で矛槍の類を失っていたし、民兵らは如何にも装備が貧弱だ。
人数を揃えなければ、銃火器には然程の利点もないため、部隊としては戦力を失ったと言っても過言ではない。
寧ろ、傭兵らが民兵のお守りをしなければならない分、お荷物になっているとも言える。
「立派な騎士って感じだね」
「……貴方こそ、槍を持ってはどうですか」
「それはちょっと」
馬を寄せて話しかけてきたのはヨアンだった。古参の民兵らは、常歩で馬を歩ませる騎士らと共に行軍している。
黒い立派な板金鎧を着たヨアンであったが、その手に槍はない。飽くまでも歩兵隊指揮に専念するものらしい。
「まぁ、馬上槍試合の結果を見れば、解りますけれど」
しばらくエセルフリーダ達と共に居て解った事だが、ヨアンはどうやらその腕を見込まれて騎士となったという訳ではなく、エセルフリーダが叙任される前からその軍に居た事と、書類や諸事に当たるのに身分が必要だということで騎士になったようなものらしい。
実際、様々な諸事における調整においては、堅実な仕事ぶりを見せている……実際にはそれだけならエレインの方が優れているように見えるのだが。
馬術の腕は悪くないし、意外と剣も使えるのだが、パッとしない。というのがルリーナから見たヨアンの印象である。
「その点、お姉さまは完璧ですよね」
騎乗すれば、これ以上に絵になるものは居ないだろうと思わせる優美な姿勢、槍を持たせれば何者にも負けず、冷静な判断で軍を率いる姿は、安心感を抱かせる。
部下に仕事を任せるその采配も見事で、言葉少なながら、常に深く物事を考えているであろう、知的な理性が瞳に宿っている。
騎士の中の騎士、貴族の中の貴族。ルリーナにはそのように見える。
「はぁ……」
今までとは随分と温度の違う溜息に、若干周囲の騎士が引いたような気がする。恋する乙女の妄執とは傍から見れば恐ろしいものである。ということにしておこう。
「筆頭殿」
「あ、はい。何でしょう」
「何だあの態度は」
「もっと堂々としていただかねばなりませんな」
「全く、リュング卿も平民を入れたりと……」
その脇では、騎士隊の騎士とヨアンが話をしていたが、聞えよがしな嫌味がそこかしこで囁かれていた。
騎士達は、獅子王国に小領を持つ封建騎士の類である。元を正せば、王国に剣を捧げた、エセルフリーダら領主と同等の立場ともいえる。
一方、ヨアンの方はと言えば、エセルフリーダを主君に、エレインに剣を捧げた騎士である。エセルフリーダの親族と姻戚関係にあるため、事はそう簡単ではないのだが。
騎士身分は世襲ではなく、多くの者は男爵以上の二男、三男であり、武功を立てねば世襲貴族に引き上げられることはないという事もあり、逸る気持ちがあるのは間違いはない。
その中で、筆頭とされているヨアンの立場には複雑な思いがあるだろうし、しかも、想定外の所からルリーナと言う不安要素が紛れ込んだのである。
元々は青い血を引いているはいえ平民の少女を、身を寄せている領主が重用している。自らの不安定な立場を考えれば文句の一つもつけたくなるだろう。
「どこも人間は変わりませんか」
それが戦乱のウェスタンブリアでも、いや、だからこそだろうか。
貴族達のパイの取り合いは変わりはしない。領土には限りが有り、貴族は余りにも多すぎる。
それは平民も変わりはしないが。つまり、収穫に限りはあり、人は余りに多すぎる。
敵国から領土を奪い、版図を広げることでそれを解消しようとするのは自然な流れであったし、あるいは戦争自体がその解消手段だ。
しかし、そんな騎士達の中で、一人の騎士見習いである従士の少年の緊張したような、紅潮した笑みは印象的だった。
おそらくまだ若く、不安など考えたこともないのだろう。ただ自らの仕事に精一杯で、主の槍を抱え、戦で武功を立てる将来を夢想しているようだ。
古参の民兵隊は意気揚々と槍を高く携え、歌などを口ずさんでいる。緒戦の大勝もあり、士気は実に高いと言って良い。
日は中天を越え、傾ぎ始めてまだ早い。部隊は、あるいは携帯した食料を齧り、水筒を呷りながら行軍を続け、続く戦場の喧騒へと近付いていく。




