シーン4
「放て!」
森を抜けたベルド男爵軍の騎士達を向かえたのは、砲門から放たれた散弾だった。
木や枝、木の葉に当たってバラバラと音を立てる。至近距離から放たれたそれを受けた騎士は、目も当てられない様になった。
「景気が良いですねぇ」
追っ手を撒いて、一息を付いていたルリーナは、音に驚く馬の手綱を押さえながら片手を庇にすると敵方を見やった。
襲撃の勢いのまま森を抜けてきた敵勢の騎馬は疲弊の色も濃く、行き足は大幅に遅くなっていた。
そして、そんな彼らの前に立つのは――
「騎士隊、襲撃準備」
――そう。エセルフリーダの騎士隊。そして
「歩兵隊、槍を構え!」
ヨアンの古参民兵隊だ。
「突っ込めー!」
槍を携えたエセルフリーダを先頭に騎士らが轡を並べ襲撃に移り、歩兵らがその後ろを追いかける。
「くそっ! 撤収! 撤収だ!」
ベルド男爵の騎士隊は、大慌てで馬首を巡らせ、撤退を始めた。
しかしながら、疲弊した騎馬らでは思ったように足も出ず、後方から迫るエセルフリーダの騎士達に追われて焦りの面もちを見せる。
「ぐっ」
遂に、最後尾の一人にエセルフリーダが追い付き、槍の一突きで騎士を馬上から叩き落した。
地面に転がる彼を避けるように、エセルフリーダ隊は尚も進撃を続ける。
今や、形勢は逆転していた。
「無事で何より」
「いやー、幸い良い馬が居たものでー」
ルリーナはヨアンと馬を並べ、雑談に興じていた。
その目の前には、馬から落ちた騎士らと戦闘を繰り広げる古参民兵隊の姿が有る。
全身に鎧を纏い、剣術の腕にも覚えのある騎士らは、徒歩であろうと強力な敵である。
が、古参の兵らは実に手堅い戦法を取っていた。つまり、槍やビル、フレイルといった長柄武器でたこ殴りにするのである。
「おのれ! 下賤の者共め!」
「いやー、すんやせんねぇ旦那」
「こいつら騎士道とか知らねぇ田舎もんでして」
「お前も変わんねぇだろ」
多勢に無勢、騎士が踏み込めばそれだけ離れ、互いに邪魔にならないように動く。
古参の民兵らは実に集団戦慣れしているようだった。
「あらよっと」
「うぐ!」
また一人、鉤にかけられて地面に転がされた。鎧を貫く事はかなわないなりに、長柄をもって叩きつける。
「やめ! おまえら! ちょっ!」
「どっせい」
「ほーら」
さしものルリーナでも、脱穀するような調子で叩き続けられる騎士を見て、不憫だと思ってしまう。
降伏して捕縛された彼の兜が脱がされると、その下の顔はぼこぼこになっていた。
「これはひどい」
「戦だからね」
ルリーナが思わず呟いた一言を否定するでもなく、ヨアンは目を明後日の方向に逸らしながらそんなことを嘯いた。
先行しているエセルフリーダ隊は、まさに破竹の勢いで進軍を続けているようだ。
ベルド男爵軍の歩兵隊は、ようやく追いついたと思いきや後退してくる騎士らに巻き込まれ、混乱状態にあるようだ。
エセルフリーダの騎士隊が見えるにあたって、まさに狂乱の様になる。碌に抵抗する事も出来ず、ベルド男爵の歩兵隊は背中を見せて逃げはじめる。
蹂躙、という言葉が実によく似合う。騎士が空けた風穴に歩兵隊がなだれ込み、ベルド男爵軍は今や、組織だった撤退も出来ず、蟻の子を散らすように逃げ散っていく。
「勝負あり、ですね」
恐慌状態のベルド男爵軍は、再編を行うにしてもかなりの時間を要するだろう。
少なくともこの一戦、エセルフリーダ軍の側に軍配が上がったようだ。
「いやぁ、生きた心地がしなかったな」
「これだけ走ったのはどれ程ぶりやら」
「二度とごめんでやすな」
「死ぬ……かと……思いました……」
「いやぁ、踏まれなくてよかったでやすぜ」
ボロボロのルリーナ隊も、三々五々と再集結を始めていた。
肩に裂傷を負ったカメと、片足を引き摺ったチョー、木の葉を体のあちこちに付けたショーに、息も絶え絶えなリョー、そして泥塗れのコウ。
基幹隊員は全員、這う這うの体、といった様子では有るが無事に逃げ延びたようだ。
「お疲れ様です。無事で何より」
「まだまだ、こんなところでは死ねませんぜ」
ルリーナが馬上からかけた声に、カメが返した。
その通り、と言うように全員がが頷いた。
「取り敢えず点呼を」
エセルフリーダの軍勢として考えれば、大した被害もなくベルド男爵の軍勢は退けたものの、ルリーナ隊の被害は少なくない。
しかし、戦力としては当てにならないような民兵と少数の傭兵で組まれた隊にしてはよく頑張った方だろう。
以降は移動を始めたニナとナナの砲兵隊について、護衛兼予備の部隊として運用するつもりだった。
「民兵は十三人、傭兵隊は俺らを加えて十一人といった所でやすね」
「そこまで減りましたかー」
傭兵隊三分の一以上、民兵に至っては八割近くの被害を受けている計算である。
この中には当然、戦死者もあるだろうが、敗走した者も少なくはないだろう。
しかしながら、ルリーナの想定よりは悪くない結果だ。最悪、壊滅する可能性も考えなかった訳ではない。
生き残った傭兵らは、豪放に笑って見せ、民兵達も生き残った事を喜んでいるようである。
「ルルっちー」
「おつかれ」
「お二人もお疲れ様ですー」
砲架を曳く馬に跨ったニナとナナと並んで、ルリーナは挨拶を返す。
兵らには、道足で雑談を許し、砲兵隊の後ろを歩かせる。緒戦におけるルリーナ隊の役割は、これで終わりである。
遠く見やれば、ベルド男爵軍を打ち破ったエセルフリーダ隊が、戦線を再構築している最中である。
突如、優勢であった筈の最左翼が崩れた敵軍には、十分な圧力がかけられただろう。
「さーって、これからどうなりますかねー」




