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シーン3

「進め!」


 ベルド男爵の率いる騎士達が、遂に襲歩で駆けだす。地を轟かせる蹄鉄の音、そして天をも揺るがさんばかりの喊声が沸き起こる。

 それを見たルリーナは、兵らに号令を下した。


「撤収!」

「応!」


 それを聞いた兵らの対応は実に迅速だった。

 傭兵らは邪魔になる槍を地に刺して、それぞれの小剣や棍棒を抜いて、民兵らは肩に銃を吊って、何れも必死の形相で走り出す。

 ルリーナは置き土産とばかりに、手に持った銃を撃ち放した。この距離なら外すこともない。火の付いたままの火縄を投げ捨てる。

 狙い過たず、一人の騎士が馬上から転がり落ちたようだったが、それを確認する暇も惜しく、ルリーナは罠にかかって転んでいた馬を捕まえる。


「脚は大丈夫でしたか?」


 黒鹿毛のその馬は良く肥えており、如何にも丈夫そうな軍馬だった。鼻を鳴らして前足を持ち上げてみせた彼は、ふらつくこともない。

 ルリーナは銃を肩にかけると、グレイブを支えにその背に飛び乗った。元の持ち主が恨みがましい目で見ているような気がする。


「まぁ、命代わりだと思って下さいねー」


 と、言いおいて、馬の腹を蹴る。馬は一二歩たたらを踏んだと思いきや、猛然と走り出した。

 ルリーナは迫る敵を背に見つつ、颯爽と逃げを決める。倒れた篝火が草に引火したか、もうもうとした煙の上がるそこから迫る敵の騎士は、地獄の軍勢もかくや、という在り様だ。


「どれほど残りますかねぇ」


 幸いにして騎馬を手に入れたルリーナはさておいて、歩兵たちには後方の森までの数十メートル。いつもなら近い距離が、絶望的なまでに長い。

 騎士らは地面に刺された槍を避け、或いは張られた縄を飛び越えて、しかしそれらで歩みを緩める事もなく。見る見るうちに近づいてきては、既に隊列の最後尾に食らいついていた。

 背後から槍に貫かれ、或いは蹄に踏みつけられ、跳ね飛ばされ、騎士らの持つ圧倒的な暴力の前に、兵らは如何様にもできない。

 背を向けてとにかく森の中へ。そうすれば騎士らの行き足も遅れるだろう。

 勿論、森に逃げ込んだからと言って安全という訳ではない。ルリーナは手綱を捌きつつ、木々を避けて騎馬を走らせる。

 手の入った森は、幾つかの道も有り、馬で分け入るのに然程の苦労も必要のない程になっていた。勿論、前提となるのは騎士らの馬術の腕であるが、これには問題などなかろう。

 そうこうしている内に、森のあちこちから剣戟の音と、喊声、悲鳴の声が上がる。

 ルリーナの背後にも、追っ手の騎士が一人。木立に取られたか、既に折れたか、槍を持たずに剣を振り上げ追いかけてくる。

 視界を確保するためか、上げられた面頬の奥の顔は、怒りの形相に歪んでいた。


「待て!」

「そう言われて待つ謂われはありませんねー!」


 ルリーナはそう言い捨てて正面に集中する。木々を避けて、何とか逃げ切りたい。しかし。


「捉えたぞ!」

「わざわざ教えて下さって、どうも!」


 背後から切りつけてくる剣を、右手に持った剣で何とか受け止める。

 ルリーナを追い抜いた敵の騎士は馬首を巡らせて正対した。騎手の腕の差、あるいは、馬との付きあいの長さで負けた、と言わざるを得ない。

 ルリーナは苦い顔で剣を持ち直した。この長剣も鞍に差してあったものだ。喧嘩剣では長さが足りない。


「ちょこまかと逃げおって!」


 敵の騎士は、人馬共に荒い息を吐きながらも戦意は十分なようだ。


「ここは見逃していただけませんかね~」

「そう言う訳に行くか!」


 攻撃の機会をうかがうように、騎士はルリーナを睨み付ける。

 ルリーナとしては、いつ他の騎士が追い付いてくるものかと気が気ではない。

 何とかして目の前の騎士を除かなければ、逃げようもないようだ。


「ん? 貴様は……」


 騎士が何事かを呟く最中に、ルリーナは馬を走らせた。敵の騎馬にぶつける勢いだ。

 泡を食った騎士は、咄嗟に馬を避け、ルリーナに向かって剣を振る。

 瞬間、ルリーナは強引に馬首を曲げた。黒鹿毛の馬は、突如引かれた手綱と蹴られた腹に抗議するように嘶いて、横っ飛びに避けた。

 木にぶつかる。鞍と木に足を挟まれ、ルリーナは痛みに眉を顰めるが、剣の間合いからは逃れた。

 そのまま再度、馬を駆けさせれば、騎士が馬首を巡らせている間にしばらくの猶予ができる。


「くそ!」


 騎士の脇を抜けて、ルリーナは必死に馬の腹を蹴りつづける。拍車が欲しい。

 揺れる馬の背に跨り、しがみつくように馬腹に膝をつけて、褒められた騎乗ではないが仕方あるまい。

 馬の背が汗で濡れそぼる程に全力で駆けさせただけあって、みるみる内に距離が開いていく。


「こんな曲乗りは二度と御免ですねぇ」


 手綱を緩め、片手を放すと、よくやった、と、馬を撫でる。次やったら叩き落すぞ、と言わんばかりに鼻を鳴らされた。

 しかしながら、未だ後方からは騎士が追いかけてくる状況に変わりはない。襲撃からここまで、随分な距離を飛ばしてきただけあって、思ったように脚は出ていないようだ。


「なんともまぁ、執念深い」


 しかし、この追いかけっこももう終わりだ。ルリーナの前方に、見慣れた軍旗がちらりと見えた。ルリーナは一つ笑みを浮かべる。

 視界が開けた。森を切り開いた広場がある。そこに並ぶ顔を見て、ルリーナは馬から飛び降りると、その手綱を引いて目の醒めるような敬礼をしてみせた。

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