シーン2
「開戦! 開戦だ!」
伝令の叫ぶ声に、エセルフリーダが頷いた。隊に向かい、声を懸ける。
「所定の行動に移れ」
「了解です!」
ルリーナは剣を振り下ろした。轟音。
戦場のざわめきを圧して、銃声が響き渡る。
それを追いかけるように放たれたのは、ニナとナナの砲。
いくつもの白煙の花が広がり、砲丸は敵方の戦列の近くに土砂を巻き上げた。
「次弾装填! ゆっくりでいいですよ」
硝煙の煙で見通しが悪いが、敵方の動揺は目に見えるようだった。
目に見えるよう、というよりも目に見えて動揺していた。突然の爆音に幾頭かの馬が騎手を振り落して暴れている。
エセルフリーダの騎馬は五月蠅そうに耳を倒すだけで、何事もなかったかのようにしている。単純に、慣れの問題だ。
敵方の騎士もその多くは見事な手綱捌きで、危うげながらも態勢を整えて見せている。とはいえ、足並みを乱す事は出来たようだ。
当たれば御の字、といった距離からの射撃であるがゆえに、掠りもしていないようではあったが。
「次弾装填! 以降は散弾!」
民兵隊に努めてゆっくりと再装填を行わせている頃、ニナとナナの砲兵隊は実に鮮やかな手並みで射撃準備を終えていた。
「ニナさんナナさんはそろそろ後退を」
「あと一発だけー」
「撃ったら、下がる」
出鼻を挫かれたことで、敵陣は寧ろいきり立っているようだ。
苛立ちを映すように、それらの繰る馬の足並みも、不揃いに地を踏み鳴らしている。
一刻、刻一刻と、迫る敵の歩みは、余りにも遅々として見える。
「射撃よーい……」
いや、それらが遅く思えるのは、緊張のせいだろうか。
ルリーナはふと、自らの手が強く剣の柄を握りしめているのに気付いた。
「……馬鹿みたい」
自嘲するように、あるいはただ何か面白い物を見つけた童女のように、ルリーナは唇の端を持ち上げて呟いた。
横に立つチョーが何事かと問いかけるような顔をするのに、何でもない、と首を横に振る。
見やれば、確かに敵の戦列は近付いてきている。既に数百メートルという距離だろう。
「放て!」
砲撃の轟音に驚いた民兵の幾人かが、先走って銃を撃ち放ったがそれも仕方あるまい。寧ろ、今までよく保ったものだ。
「撃ち方はじめ! 自由射撃!」
「ルルっち! こっちは撤収する!」
「エセルフリーダ様!」
「ああ、後は任せた」
「了解です!」
砲声を合図にしたかのように、戦場は突如、慌ただしく様相を変えていく。
騎士ら常歩から速歩へ。彼らが辿り着くまでにもう幾許もないだろう。
旗手を引き連れたエセルフリーダは、戦線の後方、森の中へと駆け込んでいく。
それに少し遅れてニナとナナの砲兵隊も。砲架を馬が曳き、大急ぎで下がる。
「踏ん張りどころですよー! 今しばらく!」
銃が連発される。能う限りに。
それは神経質に、さながらそうすることで恐怖を忘れられると言うように。
多くの弾は遥か頭上を、あるいは遥か手前の地を叩いたが、確かに数発は馬を、騎手を撃ちぬいていた。
鉛弾の前に鎧はその役を果たさず、馬上から転がり落ちた騎士を待つのは友の蹄鉄だ。
あと僅か。僅か前に出れば。騎士達の考えていることは、手に取るように解る。
「さぁ、そのまま」
一騎が駆けだした。突撃の為に槍を脇に携えて。
その表情は面頬の裏に隠れて見えはしなかったが、怒りの形相であることは疑いないだろう。
幾人かの騎士がそれに伴い前にでるが、しかしまだ早い。咎める叫び声が聞こえた。それはおそらくベルド男爵の物だろう。
「カメさん!」
「あいよっと!」
「踏みとどまれ! 勇気を見せろ」
恐慌に陥りかけた兵らをチョーが抑え、カメは傭兵らを引き連れると迫る騎士らに槍を突き出した。
しかし、如何に傭兵らが多勢とはいえそれに負けるなどとは騎士には思えない。
「我が槍の前に倒れふっ……!?」
陽を照り返して輝く見事な板金鎧に色鮮やかなサーコート、まさに騎士といった風情の男は、言葉の最中に馬上から放り出された。
馬が転んだのである。何事かと、空中で目を見張った男だったが、そこに映ったのは縄に足を取られる愛馬の姿。
「引っかかりやしたな」
「文字通り、ですねー」
足の長い草に巧妙に隠されたそれは、コウら斥候隊が仕掛けておいた罠である。
見えていれば避けようもあっただろうが、しかし、敵を目の前にして足元を見ていられる者が居るだろうか。
それを見て行き足が遅れた伴の騎士らは、或いは傭兵の槍に馬を突かれ、或いは民兵の集中射撃を浴びせられて地に転がる。
騎馬を失った騎士は、傭兵らにすぐさま捕えられルリーナの前に突き出された。抵抗する事のできた一名は、強かに頭を打ち据えられ地に伏していたが。
「どうしやすか、隊長?」
「捕虜を取っている暇はないのでー」
「我々をどうする気だ!?」
カメの問いに、ルリーナが答えようとすると、捕えられた騎士が騒ぎ立てる。
相手は傭兵に民兵。如何にも貴族ではない相手に囚われて、捕虜にもしないと言う。
縛られた身の上であったが、もがいて見せる騎士の頬にカメが五月蠅い、とばかりに拳を叩きこんだ。
「こら、丁重に扱いなさい」
「いやしかし隊長……」
「良いから」
敵の戦線は既に顔の見分けがつくほどに近づいていた。こんなことに拘っている暇でもない。
「申し訳ありませんが、手足だけは縛らせて頂きますね」
コウさん、とルリーナが呼ばわれば、すぐさま騎士達を捕縛していく。
まだ喚こうとする口を布で塞がれ地面に転がされる彼を見下ろして、ルリーナは言い募る。
「まぁ、あちらさんに拾われて下さい」
常ならば捕虜にでもして後で身代金を要求するところではあったが、今はそんな荷物を抱えている余裕もない。
騎士の隊列は既に突撃開始位置まで数歩、といったところだ。運が悪くなければ、踏まれることもなく生きて帰れることだろう。
「襲撃に!」
「っと、来ますね……」
騎士らの号令が聞こえる。槍の穂先が並べられ、騎士らは轡を並べて襲撃の機会を伺っていた。
ルリーナは兵らに向き直り、大音声で呼ばわった。
「総員!」