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シーン1

「隊長……隊長!」

「はぇ?」


 長刀に体を預けて、いつのまにやらうつらうつらとしていたルリーナを起こしたのはチョーだった。

 気付いてみれば、朝靄漂う平原は、既に燦々たる日射しを浴びて青々とした草花の揺れる時刻となっている。


「しかし、寝覚めに見る顔がこれ、というのも何ですねぇ」

「まだ寝ぼけてるんですかい?」


 開戦の令は未だ発されてないが、獅子王は既に出立している筈だ。

 いつ戦場となるかも解らない中、うたた寝をしてのけるルリーナに、チョーは呆れともつかない微妙な顔を向けている。


「大丈夫ですよ、事前に下令した通りやるだけです」 

「そりゃ、そうかもしれませんがね……」


 大音量の目覚ましの鐘もあることだし。

 そう言ってルリーナが目を向けたのは、銃を手に取った民兵らである。

 さながら、溺れる者が藁にもすがるように、手が白くなるまでその柄を握っている彼らの表情は、一様に硬い。


「圧倒的戦力差、に見えますよね」


 陽光に照らされてみれば、ルリーナの軍は如何にも脆弱。

 精々七十名の兵が三列に並んでいるだけで、しかも全員が徒歩の隊、と来ている。

 一方、相対するベルド男爵の隊は、と見れば、遠目にも騎士が数十、前日の内に合流していたか、歩兵隊も数を増して総勢二百ばかりとなる。


「何とか援軍が来るまで持ちこたえる、っていうのが定石でやすかね」

「まぁ、そうなるでしょうね」


 戦場では例え数に勝っていても、一瞬で勝負がつくことは稀だ。

 数が十倍居たからと言って、十人が一人を取り囲んで全員が同時に切りかかれる訳ではない。 

 例外は、といえばそれこそ弓や弩といった投射武器と、騎士の突撃という事にはなるが、普通、全滅する前に士気が挫けて撤退する方が先だ。

 劣勢と見れば、後は時間稼ぎしか打つ手はない。他の戦線に余裕が出来れば援護も受けられるだろうし、我が方よりも優勢な相手を足止めできているだけでも、友軍の負担を減らす事ができる。


「とはいえ、それだけでは済ませないですけれど」


 ルリーナは隊の前方を見やる。そこには旗手を伴い、雪白の騎馬に跨乗したエセルフリーダが、堂々と敵陣を睥睨していた。

 エセルフリーダ軍、ここに在り。正にそう言わんばかりの出で立ちだ。

 旗手の跨る青毛の馬は、今にも駆けださんとするように前足で地面を掻いている。


「ったくよぅ、勿体付けずに早く始めろってんだ」

「まったくだ。肩が凝って仕様がねえ」


 兵の愚痴が風に乗って聞こえてくる。ざわめき、という程でもなかったが所々ではそのような声が聞かれる。

 軍勢が睨み合ったまま、丸一日は経っている。互いの兵は今か今かと開戦の令を待ち侘びていた。戦の前の緊張、というのは心地の良い物ではない。

 傭兵らは悪態をついて、こんなことは何でもない、とでも言うような振る舞いを見せていたが、それが虚勢であることは誰の目にも確かだ。

 いや、民兵らに至っては、それに気づくほどの余裕もないか。ルリーナは片手を庇に太陽を見上げて、大凡の時間を考える。


「そろそろ酒でも配りましょうかぁ」

「了解で」


 新たな小樽を開けて、兵らに葡萄酒が振る舞われる。気付けの一杯、という奴だ。


「隊長も一杯」

「これはどうも」


 木の杯に満たされたそれをちびちびと舐める。

 渋みばかりが目立つ、良いとは言えない葡萄酒ではあったが、酒は酒に違いない。


「っと、そろそろ始まりますかね」


 武具のこすれ合う音や、馬の蹄鉄が地を踏む音、号令の声と言ったざわめきが戦場に溢れはじめた。戦線中央からは国王陛下万歳、の声が波のように広がっていく。

 敵方の隊列も、前進の為か、動き出したようだ。遥か遠くの塊としか見えないそれが、蠢いている。

 こちら側はといえば、私語をしていた兵らも口を噤み、不安げにルリーナの方を仰ぎ見る。


「火種を」


 地面にさした松明から、各々の手に持つ、火口に着火する為の火種に火を移させる。

 主に、木の棒の先に括り付けた火縄を使っているのだが、これも只ではない。

 じりじりと燃えていくものだが、数時間も火を入れたままにすれば、メートル単位で消費してしまう。

 一度消えてしまえば、再度火を着けるのも難しいものなので、直前に用意させることにしていた。

 装填は終わらせているので、後は撃つだけ、という状態だ。銃口を安全な方向、つまり上に向けたまま、息を吹きかけて火種を守る。

 安全な方向、というと別に下でも良いように思えるが、先込め式である以上、銃口を下に向ける訳にはいかないのだった。

 全員の準備が終わるのを確認して、ルリーナは頷く。


「ちょい上、もう少し右かなぁ」

「こっちはあと一度下」


 ルリーナらの後方では、ニナとナナが砲の最終確認を行っていた。

 ざっと計算したうえで砲口の向きを決めてはいるのだが、最終的に当てになるのは砲手の勘である。

 据え付けられた砲架の向きを修正するのは指示を受けた砲兵らだが、最終的な調整はハンマーでぶっ叩くという豪快なものだった。

 火口から薬包に穴をあけて、射撃準備は完了である。丸い石の砲丸が詰められている筈だ。


「さーって、御仕事ですね」


 伝令が走り込んでくるのを見た時点で、ルリーナは杯を呷ると、投げ捨てた。

 剣を抜き、天を指す。兵らが銃を捧げ持ち、穂先を並べて敵方に向けた。

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