シーン6
互いの戦線が整った時、しかし、即座に衝突、という事はない。
敵の軍を睨み付けながら、互いに開戦の切っ掛けを待っている。
戦線の中央には、獅子王国は国王、竪琴王国は元帥の軍が有り、戦場の真ん中で最後の交渉が行われる筈だ。
こちらは何人、降伏の意図はないか。のような形骸化したやり取りから決裂までがお決まりの流れである。
「この時間が一番」
「緊張するんだよな」
「そうです?」
私はわくわくするのですけれど。と、言うと、おかしなものを見るような目を向けられた。
カメとチョーは、同時に溜息を吐くと、目を合わせる。
「まぁ、隊長なら」
「そう言うと思ってやしたがね」
後ろを振り向けば、緊張の余りカチコチになっている民兵に、傭兵らが慣れた様子で声を懸けてやっている。
大丈夫だ、任せておけ、楽勝だ、等と言う彼らも、緊張していない訳ではない。
ルリーナの目から見ると不自然なのだが、幸い民兵らはそれに気付く余裕もないようだ。
足の震えている一人を、ルリーナは見ないふりをした。
「酒でも配りますー?」
「いんや、まだ早いんじゃないでやすかね」
そもそも、彼ら、徴用されたばかりの民兵は最前線に立つような兵力ではないのだ。
一方、ニナとナナの砲兵は堂々としたものである。砲の左右、後ろにつき、体重を後ろにかけて堂々と立っている。
ニナとナナは砲架に足をかけて、悠々と値踏みするように敵方を眺めていた。
「何処に撃ち込むのが、良いかなぁ」
「定石なら、騎兵」
などと、中々に物騒な台詞が風に乗って聞こえてくる。
砲の一発目は既に装填済みで、発砲の命令を待つばかりだ。
「あふ……」
太陽が中天を指してから、暫く時間が経っており、陽気は相変わらず眠気を誘う。
食事は簡単にパンと干し肉、チーズで済ませていた。
「そろそろ休憩を交代しましょうか~」
「そうですな」
ずっと立っている、というのも疲れるものだ。
相手に対して威圧を与えるために、正面に兵を並べてはいるが、今は三交代で休ませている。
伝令代わりに一人を走らせて、ちゃんと水分を取るように言っておく。
「気張り過ぎないでくださいね~」
どうせしばらくこの状態が続くのだ。
ルリーナのその声に、民兵らは硬い顔で頷いたが、正しく理解しているものか。
隊の最前列には、エセルフリーダが飄々とした様子で立っている。
腕に槍を預けて、敵方を見ているが、おそらく、想像以上に暑いと思われる。
磨き抜かれた板金鎧がキラキラと陽を反射して綺麗なものだが、その表面は目玉焼きが作れるほどにもなる。
今は肩から薄い藍色のマントをかけている。見た目には涼やか。
馬は静かなものだが、どうやら、眠そうである。目が半分ほどしか開いていない。
「げ」
「どうしやした?」
隊列の前を、王の従士が走ってくる。督戦、とでも言うのだろうか。
常の鎖鎧にサーコートの上から、要所を守るように篭手や肩当てを着けている。
ルリーナが嫌そうな声を上げたのは、それが見覚えのある者だったからである。
いつぞやの従士隊長。トーナメントで当たった男だ。
彼はエセルフリーダの前で馬を止めると、演技じみた動きで一礼をして見せた。
「ふむ、軍勢が随分と少ないように見えますが?」
「……現在、後方で休憩中だ」
王の代理、という事で従士は自信満々の様子を見せ、苦言を述べる。
「ほう、たったこれだけの兵を残して休憩中、と」
「開戦となれば、我々は総力での衝突が見込まれるのでな」
エセルフリーダは、見よ、と槍の穂先で敵方を指した。
そこにはベルド男爵の軍勢。向う方は既に臨戦状態と言うべきか、全兵力を正面に並べている模様。
「ふむ、しかし……」
成程、と頷く様子を見せて、従士はちらり、と兵を見る。
ルリーナの方を見た気もしたが、ルリーナは努めて無表情を貫いた。
内心、舌打ちをしたい気分である。
「しかし、傭兵なぞに我が国の民を任せるとは」
あの男、切り捨ててても良いだろうか。
「それは、貴殿の気にするところではない」
ルリーナの、腸が煮えたぎりそうな気持をすっと冷やしたのは、エセルフリーダの一言だった。
何でもないような一言だったが、さながら刃物を飲み込んだような気持ちにさせる程の冷たさを感じさせる。
「ぐ、ですが」
「解った、増強要員を出しておこう。ルリーナ」
「はい!」
ヨアンの隊から十人程引っ張って来い。とエセルフリーダが下命する。
「これで良いか?」
「え、ええ、まあ、良いでしょう」
飽くまでも指揮官はエセルフリーダであり、ルリーナは隷下に過ぎない。と見せた形でもある。
言った通りの事態になったはずなのに、従士の方が慌てた様子なのが面白い。
王の為に、という挨拶も半ばに、馬を走らせ去っていく。
「で、兵を引っ張ってきます?」
「いや、いらないだろう」
半ば笑いながらルリーナが問いかければ、エセルフリーダもにやり、と笑って答えた。
言いがかりめいた指摘に、従う必要もない。
そもそも、いくら王の命令であったとしても、諸侯に従う義務はないのだ。
諸侯の軍は飽くまでもそれぞれが独立した戦力であり、元帥を戴いてはいるが、個々の戦術については自由裁量に任されていた。
勿論、被害を恐れて、味方を見殺しにした。等と言う事があれば、卑怯者の誹りは免れないだろう。
「開戦は、明日になるか」
「そうですねぇ」
中天を越えた太陽は、既に傾ぎ始めている。
夕方から夜に開戦、という事もないであろうから、今日は何事もなく終わりそうな様子だった。
おそらく、開戦は明日の朝一番。
「夜襲とかありませんよね?」
「ここで先走ったりはしないだろう」
流石に断言する事も出来ず、おそらく、とエセルフリーダは付けた。




