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シーン4

 晩夏とはいえ、早朝の空気は涼やかだ。

 さりとて、秋冬のように寒すぎると言う事もなく、寧ろ、人いきれで温められた空気は、温かくも感じる。

 寝覚めの頭には、とりとめない思考ばかりが浮かび、ルリーナは束の間、幸せな妄想にとらわれる。

 それは、あるいは、エセルフリーダと共に暮らす日々であったり、あるいは、故国で……


「隊長、話が終わりますぜ」

「はっ」


 どうやら、ルリーナはいつの間にかうたたねしていたらしい。

 しかも立ったまま。後ろに立つチョーに声を懸けられ起きたが、どうやって気付いたものか。


「いや、うわごとがですね……」


 慌てて、口元のよだれを拭くと、寝言まで呟いていたか、と内心、焦る。

 カメとチョーでどちらが起こすかを譲り合っていたらしい。


「……以上だ! 諸君らの献身と、武運を!」


 と、締めの言葉を言い放ったのは、軍団の前方で演説を行っていた獅子王だ。

 随分と良い事を言っていた気がする。やれこの一戦に王国の興亡がかかっているだとか、諸君らの働きは後世に語り継がれるだろうとか。


「……ばんざーい」


 取り敢えず、周りに合わせて万歳の声を上げておく。

 話の半分も聞いていなかったので良く解らないが、随分と盛り上がっている様子である。

 空が震えんばかりの万歳の声に、ルリーナは口をへの字に曲げた。五月蠅い。


「出陣!」


 まだ熱気の残る軍団が、蠢く。

 何千もの兵が寄り集まった集団が動くのは、さながら軟体生物が地を這いずるようだった。


「鳥は良いですねぇ」

「何がですかい?」


 空を飛べれば、少なくとも地上の雑事からは自由であれるように思えた。


「いや、少し寝ぼけていただけです」

「そうですかい」

「しっかりして下さいよ、隊長」


 カメとチョーに大丈夫だ、と笑って見せ、前方の隊が動くのを確認。

 空を飛ぼう、等と言うのは、誇大妄想の類だ。太陽に向かっていって落っこちるのが関の山だろう。


「全隊、進め!」

「ルリーナ隊、前へ!」


 エセルフリーダの号令に合わせて、遂に旗下の部隊が行軍を始める。

 各隊長と旗手を先頭に、部隊が前進。右足、左足、右、左、右、左。

 軍団の楽隊が奏でる、陽気な演奏に合せて。


「しっかし、いつ聞いても気が抜けますねぇ」

「隊長はどんなのがお好みですかい?」


 鼓笛隊の奏でるのは、底抜けに明るい、一種、笑いさえ誘えそうな行進曲である。


「んー、戦場に向かうのですから、もっと荘厳な」

「教会みたいなのでやすか」

「それはまた……気が滅入りそうな」


 敢えて、暗くなりがちな行軍を明るくしようという意味も込めての選曲だろう。

 曲自体は、ルリーナにもなじみ深いものだ。よく、神聖帝国の正規部隊でも流れていた。


「いやいや、相手方からしてみれば恐いでしょう」

「まぁそれは」

「確かに」


 例えば、東洋の帝国軍団が奏でる喇叭の音と言えば、その猛威と共に語られる、恐怖の象徴だ。

 地を揺るがす大太鼓の音とともに進軍してくる遊牧民、等と言うのもある。

 とはいえ、軍楽隊という、戦力になりそうにない部隊を引き連れているのは、何も暇な行進をどうにかしよう、というものだけではない。

 彼らが存在するのは、あくまでも号令を伝達するためである。

 細かい指示等は勿論、伝令が走るが、単純な前進、後退、停止、突撃、撤退などは、軍楽隊と、各部隊に付いた喇叭手が伝達する。


「隊長、斥候隊はここいらで」

「はい、お気をつけて~」


 了解、と頷いたのはコウ。斥候隊は飽くまでも自然に列中から離れていく。

 彼らは一足先に戦場に到着、伏せている予定だった。

 ルリーナは十分に威儀は正した、という事で、隊列を整列から通常の行進隊形に戻す。

 荷物を載せた馬車に、自らも乗り込む。子供たちは駐屯地に置いてきたが、食料と予備の火薬、その他を積んだ馬車は、行軍に同行させている。


「布陣完了までは、二、三時間、といったところですかねぇ」


 前を行くエセルフリーダの騎士隊を眺めた。

 のんびりとした常歩でぽてぽてと歩く軍馬達は、中々に可愛いものである。

 上に跨る人間たちはさておき、彼らには緊張の色も見られず、実に眠そうな顔をしている。

 普通に歩けば、一時間程度、馬で行けばもっと早く着く位置では有ったが、大人数が動くとなると、兎角移動は遅れるものだ。

 荷馬車を曳いたスリーピーとスケアリーで、騎士隊を追いかけられていられるのがその証拠である。


「はふ……」


 日が登ってきて、気温が上がってくると、再び眠気がやってくる。

 別に寝不足、という事もないのだが。


「余裕でやすな」

「ここで気を張ってたら、後々持ちませんよ~」


 御者台で手綱を握っているのは、いつも通り、チョーだ。

 ルリーナは頭の後ろで腕を組み、背中を預けると空を眺める。

 そのまま首をそらして後ろを見れば、隊列の後ろにヨアンの隊。さらに後ろはニナとナナの砲兵隊だ。

 幾人かの兵が、こちらを見て苦笑した。笑顔を返してやる。

 隊列も崩れていないし、下を向いて歩いている者も少ない。


「早くお昼になりませんかねぇ」

「今から昼飯の心配ですかい」


 どうせ、しばらくはにらみ合いが続くだろうし、今の感心は専ら昼の食事だ。

 数日分は持ちこんでいるし、従軍商も居るから食料に困ることはないだろうが、かといってまともな食事をとれるかは、微妙なところだ。

 五十人分の食事をリョーが行う訳にもいかないし、自然、食事を作るにしても、誰でもできる簡単な物になるか、そもそも、料理をしないか、という事になる。


「あー、子供たちを連れてきても良かったかも……」

「いくら何でも、教育に悪いんじゃないでやすか」


 それもそうか、とルリーナは頷く。いや、問題はそこではないのだが。

 人数も膨れ上がったルリーナの傭兵隊であったが、食事の準備はリョーが主導して子供たちと行っている故に、有事以外では問題はない。


「乾パンと干し肉、は御免なのですけれどねぇ」


 今回は戦場を指定した大会戦、という事で、流石に贅沢も言ってられない。

 まさかこれだけ動員して延々と戦い続ける訳でもないだろうから、精々、数週間の我慢である。


「戦場で文句があるとすれば、それくらいですかねぇ」


 早い事、戦闘でも始まってくれれば、そんな事気にならないのだが。

 と、ルリーナが物騒な事を考え始めた頃には、主戦場の平原が見えてくる。

 地平線まで続くような大平原である。


「やっぱり騎馬が欲しいです」


 相変わらず、馬、と聞くと何? と後ろを向くスリーピーに何でもない、と苦笑を返した。

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