シーン3
蟻の子を散らすように、三々五々と兵らは自らの持ち位置に戻っていく。
傭兵隊長らが戻る天幕にルリーナも向かおうとした時、ご老体に呼び止められた。
ざんばら黒髪も一緒だ。
「すまなかったのぅ」
「趣味が悪いですよ、ご老体」
「ほほ、ご老体と来るか」
これは痛快、とばかりにご老体は笑った。
つまるところ、初めから仕組まれていた決闘だったのだ。
「貴殿の力を疑う者が居たようだったからな」
ルリーナに一撃貰ったみぞおちを撫でながら、ざんばら黒髪が言う。
その顔には嘲るような色はもはやなく、しかし、まだ痛むのか、視線には非難するような色が混じっている。
そればっかりは自業自得、と、ルリーナは肩をすくめてみせる。
「もっと違う手も有ったのではないです?」
「いや、いや、これが一番手っ取り早いからの」
それに、と一瞬真面目ぶったご老体だったが、次の瞬間、にやり、と笑って見せた。
「闘技会優勝者の腕がどんなものか、この目で見たかったものでのぅ」
と、呵々大笑である。悪びれもしないご老体の態度に、ルリーナは文句を言う気もなくして、また一つため息を吐いた。
まぁ、取り敢えずこれで、ルリーナの腕を疑う者は居なくなっただろう。
という事で、実際に顔合わせは円滑に進んだものだから、ルリーナとしてみれば少々複雑な気分である。
ざんばら黒髪は、誠意をもって謝罪をしてきたが、面倒なので適当に追っ払った。
そして、傭兵隊長らとの挨拶も終えて、エセルフリーダの駐屯所にようやく戻ってきたのだ。
「顔合わせー、終わりましたー」
「顔合わせだけじゃぁ」
「すまなかったみたいだけど」
エセルフリーダら幹部が集まる天幕で、お疲れ様、と飲み物を出して労ってくれたのは、ニナとナナだ。
「あれ? 何でご存知なのです?」
「噂にならない訳がぁ」
「ない」
どうやら、ルリーナの大立ち回りは、あくまでも細部を濁した噂という形でだが広まっているらしい。
やりすぎたかな、という苦笑も出ようものだ。ついでに、ご老体への恨み言の一つや二つ。
「あぁ、あのおじいちゃんのぉ」
「発案、ね」
納得いったように二人は頷いている。
どうやら、あのご老体の狸っぷりは、有名なようだった。
まぁ、悪いようにはならないんじゃないか。と言う二人の表情は、珍しく渋いものだった。
「今、戻った」
「お帰りなさいませ~」
天幕に入ってきたのはヨアンを連れたエセルフリーダ。ルリーナが立ち上がり礼をしようとすると、構わん、と止められる。
一方、ニナとナナは常にない迅速さでお茶を入れると、椅子に座ったエセルフリーダの前に差し出した。それだけ見ていれば、忠実な女給だ。
「で、話はぁ」
「どうなりました?」
エセルフリーダが一息ついたタイミングを見計らって、二人は尋ねる。
因みに、無視された形になったヨアンは、苦笑しながら手ずから茶を煎れていた。
「それなのだが」
と、エセルフリーダが軍議の内、部隊に関連する話を要約して聞かせる。
どうやら、エセルフリーダ隊は、全軍の最右翼に配置されるらしい。
「随分と大事な所を任されるのですねぇ」
最右翼、最左翼というのは、戦線で最も強力な部隊を充てる事の多い場所だ。
敵が迂回を行い、側面から攻撃を仕掛けてきたときに、より少ない人員でこれに対処しなければならない。
特に右翼側は、盾を持っていた昔、無防備な半身を晒すために、特に精強な兵を置いていたことから、慣例的に戦力の充実した隊を置くことが多い。
流石、お姉さま、と言わんばかりにルリーナが言うと、エセルフリーダは、ああ、と頷いた。
「喧嘩を売ってくる相手も居るだろうからな」
ニナとナナはさもありなん、という顔。ヨアンは苦そうな顔をしている。
ルリーナも一瞬遅れて思い至る。リュング城を以前取っていた相手だ。
何度かエレインやエセルフリーダに襲撃をかけてきた事を考えると、随分と因縁のある相手に思える。
「私も、手下には会いましたが」
エセルフリーダに並々ならぬ恨みを持っているのは確かだ。
「実際に、戦場に出なければ解らないけれどね」
ヨアンが控えめにそう言うと、まぁ、そうか、と言う風に皆が頷いた。
取り敢えず、全力で事に取り組むのみだ。
「明日中に布陣は終えて、明後日には開戦だ。各隊にも改めて言っておいてくれ」
「了解です」
エセルフリーダはそういって、会話を締めた。幹部はそれぞれの隊の下に向かう。
本人も、騎士隊の方へ向かうようだ。
ルリーナは勿論、傭兵隊の下へ。
「と、言う訳で」
「予定通りって所でやすな」
「民兵らも準備は完了」
「斥候隊も同じく」
「ちぇっ、ここで留守番かよ」
傭兵隊の各分隊も、命令の内容に特に変更なし、と言う事で、準備は万端の模様だ。
幸い、リュング城から近い事もあって、脱落者はなし。子供たちだけは、本陣で待機だ。
「酒を振る舞うのは良いですが」
「酔わない程度に、ですな」
気付けに一杯程度は構わないし、ある程度の酒は持たせてある。
しかし、いくら明日の解らぬ身と言え、それが原因で敗れてはどうしようもない。
「しかし、良いんですかい?」
カメが少々心配げにルリーナに尋ねる。
「何が、って、あぁ」
エセルフリーダ隊の戦闘方針についてだろう。
カメは何だかんだと言っても、武人らしい考えの持ち主だ。
心配ない、とルリーナは笑って見せる。
「上手く決まればいいのですけれど」
その笑みは、悪戯を仕掛ける子供のそれだった。




