シーン1
どたばたと、林立した天幕の間を兵らが走り回っている。
ここは獅子王国の本陣だ。特に出入りの多いのは、一際大きい天幕。
その閉ざされた緞子の中では諸侯が顔を突き合わせて、直前の軍議を行っている筈だ。
「ひとがいっぱい!」
「まちのおおどおりみたい!」
「ほら! あのテントきれいだよ!」
本陣の喧騒のなかで、きらきらと目を輝かせている子供たちを見て、稀に兵が立ち止まっては、怪訝な目を向けた。
すぐにそれどころではないと思いだし、首を傾げながらも足早に目的地に向かって行ったが。
「ほらほら、邪魔になるからこっちにおいで」
と、言ったのは、まなじりの下がった顔がおおよそ戦の場に似つかわしくない男。傭兵隊のショーだった。
子供たちは、はーい、と声を上げると、大人しく傭兵隊の屯所に戻る。
ルリーナが留守の今、傭兵らは武具の調子を確かめていた。
昨日今日でどうにかなるものでもなかったが、準備を整えた事で安心できるという面が強い。
そのルリーナは、といえば、諸侯に付いている傭兵隊の顔合わせに出席しているのだった。
「で、あんたがリュングの旦那が雇った傭兵隊長ってか」
「ええ~。そうですよ~」
強面の、髭面。傷跡の目立つ、如何にもな傭兵といった風情の男が、片方の眉を上げてルリーナを見る。
「そっちの兄ちゃんじゃないんか」
こちらも強面の髭面。三分の二くらいはその特徴に当てはまるような、むさくるしい場で有ったが。
彼は、ルリーナの横に立つ強面の髭面、カメを顎で指す。
「いんや、兄弟。俺はいち傭兵だぜ」
髭を扱きながら、言うカメ。ルリーナを見る目には、間違いない尊敬の念があるのを見て、釈然としない様子ではあったが、集まった傭兵隊長らの多くは一応の納得をした。
ルリーナ傭兵隊の中でも、一番に『それっぽい』カメを連れてきたのは、良い選択だったようだ。
強面の髭面、と、ルリーナからすると見分けのつかないむさい男達への受けは良かった。
しかしながら、どこにでも空気を読まない者は居るもので。
「はっ、そんなガキが一体何ができるってんだ」
と、吐き捨てるように言ったのは、ざんばらの黒髪に無精ひげ、酒焼けしたような顔の、細身の男だ。
皺だらけの服にだらしなく開いた襟口と、腰に提げた立派な曲刀の印象がチグハグ。
「闘技会で優勝、何て言ってるが、そんなんまぐれだろ」
そんな彼と同調するように、幾人かの男が頷く。
流石に、この場でルリーナのような若い娘、というのは完全に浮いた存在だ。
ルリーナはひとつ溜息を吐く。ざんばら黒髪は、その溜息に何を思ったか、睨み付けるように目を剥いた。
「良いでしょう、表に出なさい」
傭兵は、実力社会である。実力で成り上がらんとする者が集まる以上、それを尊重する気持ちに違いはない。
それに、信用も大事である。実力のないものに足を引っ張られて、割を食うのは頂けない。
「はん、吐いた唾のみ込むなよ」
こっちの台詞だ。と、ルリーナは思ったが言わなかった。
ざんばら黒髪は、この会合で最も重要な人物と目されている、眼帯を着けた禿頭の老人に目を向ける。
彼は、長い間、傭兵としてウェスタンブリアを渡り歩いた身で、騎士の叙任を蹴ってその立場に居ると噂されている半ば伝説的な傭兵隊長だった。
確かに、傭兵とは思えない程に立派な板金鎧を着こみ、机にメイスをついた堂々とした姿は、場の支配者、といった風情である。
この場の傭兵達の少なくない一部は以前に世話になっているものらしく、彼の前では帽子を脱ぎ、形だけではない尊敬の念に頭を下げるものだった。
その彼が、残った片目でざんばら黒髪を見ると、一つ頷いた。
こうなってしまえば、私闘を止めようと動いていた数人も、それを認めるしかない。
「得物は、腰の物でいいだろ」
それとも、それは飾りか? と、ざんばら黒髪は嘲笑うように言った。
ルリーナはそれを聞き流すと、傭兵隊長達の集まった天幕から、一足先に外に出る。
後ろからはぞろぞろと彼らがついてきて、更には何事か、と顔を出す野次馬も集まる。
本陣の片隅は、一種、祭りのような雰囲気に包まれた。
「これだけ集まれば十分でしょう」
「そうだな」
この闘いを見届ける証人は、という事である。
外に出てきたざんばら黒髪は、予想外に集まった観客を見て、微妙に顔を顰めた。
早い事始めなければ、その内、諸侯の軍あたりから私闘を止めに入る者が出るだろう。
「ちっ、さっさやるか」
「では、尋常に」
互いに、名乗りを上げるような大層な立場でもない。
間合いから二、三歩離れた辺りで、互いに剣を引き抜いた。歓声が上がる。
ルリーナはいつも使っている武骨な喧嘩剣。
男が抜いたのは、柄と鞘に彫金の入った、東洋風の優美な片手曲剣だ。
鞘から抜き放たれた刃は曇りひとつなく、見た目だけの儀礼用ではなく、紛れもない実用品だと示すようだった。
ルリーナは記憶から、それが何かの知識を引っ張り出してくる。
「シミター、ですか」
「シャムシールと言ってくれ」
男の、右手に剣を、左手には鞘を握った姿は、随分と堂に入ったものだ。
その珍しい武器を使い慣れているだけではなく、正式に剣技を習ったと見える。
意外と、東洋の大帝国の出身なのかもしれない。
一方、ルリーナは、正調に剣を差し出す構え。左手は背中の側に回して、切られるのを防ぐ。
互いの構えからにじみ出る、寄らば切るの気配から、正面から睨み合った姿勢のまま、数合の時間が過ぎようとしていた。