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シーン7

「お館さまぁ」

「ルルっちも」

「出来上がりですよぅ」

「ご苦労」

「ありがとうございます」


 エセルフリーダの甲冑と、ついでにルリーナの胸甲の装着を手伝っていた、ニナとナナが声を懸ける。

 行ってこいとばかりに肩を叩く手に、礼を返すが、意外や意外。彼女らはただの女給ではなかったようだ。


「しかし、お二人が砲兵さんだったとは……」

「へっへーん」

「これくらい出来ないと、ここには居ない」


 火傷対策の革の前掛けを着け、砲を動かす為の槌を持った姿は、成程、様にはなっていた。

 大陸の方でも数十年前から使われ始めた大砲は、手持ちの銃に比べ、野戦に攻城にとよく使われていた。

 エセルフリーダ隊はニナとナナ、その部下らで、二門の砲を運用している。


「城の守りはどうなさるのです?」

「ああ、そちらはエレインが居るからな」


 領地の経営だけではなく、兵の指揮においても、彼女はエセルフリーダの補佐として辣腕を振るっているらしい。

 エセルフリーダは従士が鐙を履くのを手伝おうとするのを断り、身軽に鞍へと跨った。

 いつもの大柄な葦毛の馬には、要所を補強した白いキルトの馬着が着せられている。


「何度見ても、綺麗なものですね」


 白銀の板金鎧姿を馬上に煌めかせ、エセルフリーダは槍を掲げる。

 穂先には長方形の旗が付けられ、そこに染め抜かれたのは蒼地に白銀の鷲。

 各隊の旗持ちが同様に掲げるそれは、リュング家の紋である。

 エセルフリーダの率いる騎士隊は色とりどりだ。それぞれが自身の紋を染め抜いたサーコートを、これもまたそれぞれの具足の上に纏っている。

 古式ゆかしく、グレートヘルムに立て物を着けている者も見える。

 一方、眩いばかりのエセルフリーダの姿と対照的に、漆黒の鎧と青毛の軍馬に跨ったヨアンは、歩兵隊を引き連れていた。その腕に巻かれた白い布は、エレインから与えられた物だろう。

 彼の引き連れているのは、農民から徴募された民兵だが、ルリーナの率いるそれとは、少々趣を異にしている。

 まず、年齢層が高い。また、それぞれが様々な服装だが、その多くは鉄兜や鎖帷子といった、簡単な防具を揃えている。

 手に手に槍や矛を持った姿は、古参兵、といった風情だ。一部には長弓を持った兵も居る。

 その後ろに続くのは隊商。荷を満載した馬車が、いささか重そうに地面の凹凸に合わせてがたがたと揺れている。


「さて、私達も出ますか」

「応!」


 そして、ルリーナの率いる傭兵、民兵混成部隊だ。

 民兵らは、平時とそう変わらない服装に、裾を縛り、帽子を被った姿で、即席に付けた負い紐で銃を提げているのだけが、農作業ではないと主張している。

 弩弓を強力な物に持ち替え、胸甲を身に着けた兵は、中堅として彼らを支える先輩格だ。

 民兵分隊を指揮するのはチョー。数人の体格の良い民兵に槍を持たせ、それを侍らせた本人は両手剣を提げているが、平服。

 傭兵らは、ここまでに得た報酬で装備を整えており、殆どの兵が簡単な鎧を身に着けている。

 こちらを指揮するのは、カメ。要所を鉄板で補強した鎖鎧に、猪の飾り物が付いた兜を被り、大盾とともに持つのは、柄の長い戦斧。

 それぞれについて歩くのは、荷物持ちの少年少女たちだ。野営道具や食料といった直接戦闘に関わらない道具を背負って、えっちらおっちら歩いている。戦場に到着すると同時に後方へ退避させる予定だが、彼らも重要な兵員だ。

 それらを囲むように歩くのは、地味な服を身にまとった、斥候隊。彼らはそれぞれ動きを妨げない程度に短弓や、小剣で武装している。

 コウが指揮を執る彼らの役割は、直接的な戦闘ではない。その最たる任務は偵察、警戒だ。装備を見ても解るように、端から参加する選択肢はない。

 そして、これらの総指揮を執るのがルリーナだ。いつもの如く、赤いドレスに幅広の帽子、といったスタイルは、黒光りする胸甲を見なければ戦場に出るそれには見えない。


「しかし、大軍勢だなぁ」


 御者代わりにルリーナの横で馬車の手綱を引くバリーが、感心したように嘆息する。

 エセルフリーダの騎士隊が、騎馬に跨った従士を含めた戦力として二十一名、ヨアンの歩兵隊が六十七名、ルリーナの隊が傭兵二十四名、民兵五十三名。

 総勢百六十五名からなる軍勢が、エセルフリーダの旗の下に集まっている。

 ちなみに、傭兵隊の数が増えたのは、隊商の護衛についていた兵を一部引き抜いたからだ。

 引き抜いた、というよりもついてきた、という方が近いかもしれないが。


「まだまだ、こんなものではありませんよ」


 どういう事だ? と尋ねるようなバリーに、何れ解る、と頷いて見せる。

 テラスから顔を出し、十字を切るエレインに手を振り返し、城に残る兵や、使用人らに見送られつつ、城門をくぐれば、街道に溢れんばかりの兵らが行進していた。

 風にひらめく色とりどりの旗、陽の光を照り返す武具、地を揺らすほどの蹄の音、幾つもの足音、鉄のぶつかる音、話し声が重なり、潮騒のように寄せては返す。

 雲一つない空の下、山の麓まで続く長蛇の列は、中々壮観な風景だった。


「すっげぇな、戦争ってこんなに派手なもんだったのか」


 街の裏道に潜むように生活していたバリーは、複雑そうな顔でそれを眺めている。

 もっと小さい、馬車の荷台に乗っている若年組は、そんな事も考えずに、ただ楽しんでいる様子だった。

 降り切った山の先には、既に本陣の設営が始められている。

 城を本陣として使うものかと思っていたが、どうも使い勝手が悪いらしい。山に布陣すれば一見有利に見えるのだが。


「下手な考え、休むに似たり、っと」

「なんだそりゃ?」


 生兵法は怪我の元、ともいう。奇抜な戦術は、碌な結果を生まないことも多い。

 現場レベルの創意工夫は必要だが、戦が大きくなればなるほど、全体の連携を保つには、王道こそが正道だ。

 と、言える立場なのかはさておき。ルリーナは遠くに見える砂塵を眺める。

 どうやら敵の大集団も移動を始めているようだ。


「さーって、腕が鳴りますねぇ!」

「違ぇねぇ!」

「久しぶりの大戦場だ」

「おう新兵、気楽に行こうぜ」


 ルリーナが馬車の上から後ろを振り向いて声を張り上げると、実に嬉しそうな傭兵達の声が帰ってきた。

 戦意は十分、訓練はどれだけ時間が有っても足りないが、まぁ、及第点だろう。


「後は自らを信じて、運次第。ですね」


 運も実力の内、とはよく言ったものだ。馬車に揺られながら、ルリーナは空を見上げる。

 しばらく、雨も降りそうにない青空だった。

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