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シーン5

「うーっし、てめぇら! 訓練はこれで終わりだ!」


 カメが大声で民兵に呼ばわる。彼らは、一様にほっとした表情を浮かべ、地面にへたり込んだ。


「何でこんな走らなけりゃならねぇんだ」


 等と、傭兵達からすら文句が出る程、銃の扱いに慣れさせた後は、ルリーナは早駆けを重視していた。

 しかし、それも自身の命を守るため、と言われれば口を噤まざるを得ない。


「いざとなれば走って逃げる! それも整然と、です」


 とはルリーナの言葉である。

 敵に損害を与えるには、決死の攻撃よりも、反復攻撃の方が効率的であるし、脅威を与え続ける事も出来る。

 生きてさえいれば、それだけで価値があるのだ。その上で、ルリーナが徹底したのは、復旧が不可能な壊走を行わないこと。


「逃げるべき時は、指示を出します。そして、武器は絶対に捨てない事」


 それが最終的に、自らの命を守ることに繋がる。

 逃げる、という道を最初から示す事で、戦力が歯抜けになり、離散することを抑える。

 おおよそ集団と言うのは、混乱に陥った時が最後だ。

 統制を失った集団は、もはや冷静な判断を行えず、生き残る道さえも自ら潰すと言う事が多々ある。


「私たちは、リュング城伯からあなた達を預かっている以上、常に生き残る道を示します」


 だから、従え。と、ルリーナが言った時、民兵らは十人十色の表情を見せた。

 あるいは、愚直に従うような、言われるまでもないと言った顔。

 あるいは、自らの勇敢さを疑われたような、反感を持った顔。

 あるいは、その言葉の真実を疑うような、疑念に満ちた顔。

 しかし、ルリーナはそれらを気にせずに笑って見せた。


「命令に従えない者は、今、出て行ってください」


 一瞬、民兵らがどよめく。一人で帰されたところで、生きて帰られるとも思えない。

 それに、帰ったところでどんな扱いを受けるか、それを考えれば、彼らに選択権は有って無いようなものだ。


「あ、帰った後の事を考えているのなら、私からリュング城伯に話を通していますので」


 嘘だ。いや、嘘とは言い切れないか。

 事実、もしも離脱したい、という者がいるならば、ルリーナはエセルフリーダに頭を下げる気は有った。


「今が最後の機会ですよ。今後、命令を無視するようなら……」


 選択権は与えた。あるいはそれはルリーナの自己満足に過ぎないのかも知れなかったが。

 結局、誰一人として脱落する者はなかった。


「優しすぎるんじゃぁないでやすか」

「私の精神衛生の為ですよ~」


 そんなもんでやすかね。と、民兵らの訓練風景を眺めながら言ったのは、チョーだった。

 銃の取り扱いについては彼が教えたが、その後の早駆けについては、手出しできない。

 脚の古傷もあることだし、戦場では馬にでも乗るか、と尋ねれば、隊長を差し置いてそれは出来ない。と言う。

 それに、馬に乗っているからといって、脚を使わないという事でもない。


「別にちょっと走るくらいなら苦でもありやせんぜ」


 と言う話だった。事実、数合とはいえルリーナと打ち合った事もある。

 移動は馬車と併用するし、心配はないだろう。


「さーって、さて、今日から数日はお休みです!」


 そして、今。訓練を終えた民兵らにルリーナは声を懸けた。

 指定された開戦の日までは、もう十日ばかりしかない。

 山の上から獅子王国の方を見れば、既に集まっている、足の速い諸侯の軍が見え始めていた。

 戦の準備は大凡、終わっている。これには少年団にも手伝ってもらっていた。

 幸い、従軍商がつくという事で、荷物はさして増やす事もなく、最低限、数週間戦えるだけの物資を揃えておくだけで済む。

 荷馬車と、少年たち、それに個人携行品だけで、行軍の速度は落とさずに済みそうだ。


「戦の前に、英気を養って下さいね~」


 ただし、節度をもって。と続けるのは忘れない。

 子供たちが数人がかりで酒樽を転がしてくる。


「ご苦労様」


 少年少女らに労いの言葉を掛けると、彼らは前歯の一つ二つ抜けた顔で笑顔を返した。

 戦闘員たちは、これからしばらくの休息の日々となるが、非戦闘員たちの負担は変わらない。

 いや、寧ろこれから数日は常より忙しくなるかもしれない。


「お酒も解禁です!」


 これには、疲れ切った様子だった民兵らも快哉の声を上げた。

 常の生活でも泥酔する程飲むと言う事は難しかったが、しばらくは過剰な飲酒を禁じていたのだ。

 酒樽に一杯の酒をルリーナが供すると聞いて、万歳の声が聞こえるほど。

 安酒では有ったが、彼らが飲んだこともない程度のぶどう酒だ。それに、量だけはたっぷりと用意した。


「大丈夫、戦場なんて訓練より楽なもんだ」


 そんな事を言いながら、民兵に酒を注がれているカメは、既に彼らの信頼を得ているらしい。

 傭兵らも合流して、城の中庭は、あっという間に即席の酒宴会場になった。


「派手にやっているな」

「エセルフリーダ様」


 ルリーナが礼を取ろうとすると、構わん、とエセルフリーダは手をひらひらとさせた。

 どうやら、戦場では敬・答礼を行わない宗旨らしい。つまり、現在は戦時である。ということだ。

 騎士の一部が、狂宴の有様に露骨に眉を顰めたのが見えた。

 どうも、エセルフリーダ隷下の騎士様たちには、優等生が多いらしい。

 ルリーナの知る騎士といえば、よく飲み、よく食い、よく暴れたものだが。


「騎士様方はその……?」

「ああ、彼らはそういうのを好まないようでな」


 寧ろ、戦の前には聖堂で祈りを捧げるとか何とか。そんな様子で大丈夫だろうか。

 ルリーナとエセルフリーダ、それにヨアンといった主だった人物は酒に酔っている暇もないので、戦が終わるまで酒はお預けである。


「今回も、祝杯を挙げたいものだな」

「ええ、楽しみにしています」


 そういって目を合わせると、エセルフリーダは微かに唇を動かし、微笑んで見せた。


「良い酒が有る。終わったら飲もう」

「あら、じゃあこのお城も堅持しなければなりませんね」


 城を明け渡して攻めるのはなしか、と言うと、それは前にやった。と返される。

 冗談を交わしあっていた筈が、途中から軍事の話に変わっているのが可笑しく、それでルリーナは苦笑した。

 取り敢えず、何をするにもこの戦に勝ってからだ。

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