シーン2
従軍商が到着すると聞いて、ルリーナはショーを連れて城門の前に待っていた。
城門も見事な物だ。重厚な木の跳ね橋を、太い鎖で吊り上げる形である。
然程待たず、車輪の音がガタガタと聞こえてくる。日時計を見るに、時間通り。
「ん?」
「あれ?」
従軍商の隊列は、馬車を先頭に、ロバを数頭、それに護衛と思しき傭兵達。
幌をかけた二頭立ての馬車。その馬車には見覚えがある。
「ん? 隊長さんじゃないか!」
「隊商長さん、お久しぶりで~」
走る馬車に飛び乗って、ルリーナは挨拶を交わす。
その隊商長は、真珠の港から深き森の街の道を同じくした、あの商人だった。
「深き森の街ではありがとうな」
「ん? 道中はさておき、何かしましたっけ?」
ルリーナは首を傾げる。確か街では会って、一言二言交わしただけだったはず。
「いやぁ、あの辺りの領主様に武器を売りつけるので一件」
「ああ、でもそれは……」
「何やら空振ったみたいだけどねぇ、それと街道の安全を確保したので一件」
隊長さんだろ? と言う隊商長に苦笑を返す。
どうやら、思っていた以上に話が出回っていたようだ。
というよりも、商人の耳が良いのか。
「まぁ、こちらの都合ですからねぇ」
「いやぁ、ギルド長も慧眼だよ」
呵々と商人は笑って見せ、馬車を止めた。
ショーが駆け寄ってくる。そういえば忘れていた。
「積み荷降ろすの、手伝ってもらってもいいかね」
連れてきた護衛達に頼んでも良いのだが、という言葉に後ろを振り向けば、疲れ切って座り込んでいる始末だ。
「あー、了解です。ショーさん」
「へい」
「取り敢えずうちの隊から数人呼んできてください」
民兵らに任せるのも何なので、傭兵隊の中から数人を使って荷を下ろしていく。
その中には、ルリーナの注文していた火薬や弾、それと弾用の鉛と型、銃や槍が含まれていた。
「思ったより早かったですね」
「こっちで聞いてからじゃ二度手間だからねぇ」
先に連絡の為に馬を走らせていたのだった。これで最低限の装備は揃った事になる。
支払い周りはショーに任せるものとして、問題はないだろうが商品を確かめていく。
「嗜好品や食料などは?」
「ああ、勿論、後からまた馬車も来るがな」
馬車一台とロバ数頭では足りまい。先行して装備を送り届けてくれたものらしい。
ハンドカノンはそれほど精度が問題となるような物でもなく、確認した限りでは特に問題は見られなかった。
槍も同様だ。ただ木の柄の先にソケット式の穂先を付けただけの造りではあったが、特に曲がっているだとか、質が悪いという事はなかった。
「んー、じゃぁ装具周りは自由購入、という事にしますかー」
「値段は勉強させてもらうよ」
隊商が来た、と聞いて、荷下ろしを手伝っていた傭兵らだけでなく、傭兵隊の多くが顔を見せていた。
「今日は訓練を切り上げて、お買い物にしましょう」
「やったぜ!」
「靴を買いたかったんだよ」
「ちったぁ金も貯まって来たからなぁ」
「ん、なんじゃこりゃ」
早くも荷を広げ始めた商人が並べた武器に、傭兵達は首を傾げる。
「あれ? あるんじゃないですか、スナップロック」
それはルリーナもよく見知った形式の銃だった。
肩に当てる銃床とすらりと伸びた銃身、火ばさみに引き鉄。ハンドカノンと比べればずっと洗練された印象を受ける銃だった。
「大陸式の最新製品だってことで、土産用に手に入ったのだがね」
言われてみれば、その金具部分には鹿の意匠があり、銃身には金の象嵌が見られる。
いまいち細やかな装飾性を感じられないのは――
「ああ、やっぱり」
銃を裏返したルリーナは、銃身部分に捺された工房のマークを確認した。
それは神聖帝国で作られた事を示すものだ。
「しかし、随分と短いですね」
「狩猟向けの製品だからねぇ」
戦場で見るような物は、支え棒を要するような大型なもので、一方、この一品は長剣より少し長いか、という程度だ。
隊商長の渋い顔を見るに、売れなかった。あるいは流行らなかった。という事らしい。さもありなん。
「当然、数もそろわないし、鉄砲が欲しいというから持ってきたんだがね」
「んー、ちょっとお借りして良いですか?」
構わない、寧ろ売れたら御の字だ、という彼からそれを受け取って、構えてみる。
いくら短くなったとはいえ、銃身が分厚ければそれだけ重いのは道理だ。
辛うじて両手で保持できても、バランスが悪過ぎて用を為すとは思えない。
ルリーナは傭兵の一人にグレイブを持ってこさせる。
「撃ってみても?」
「ん? 気に入ったかい?」
中庭に置いてある弓矢用の藁で出来た的に狙いをつける。その裏側は防衛用の城壁なので、中には誰も居ない。
地面にグレイブの石突きの側を刺し、即席の支え棒に仕立てる。
「まぁ、多少はマシになりますかね」
左手で柄と共に銃身を握ってこれを支え、火蓋を開き、狙いをつけると、引き鉄を引く。
そうすると火縄を挟んだ火鋏が着火薬を置いた火皿に落ち、それが銃身内の火薬に引火してズドン。だ。
勿論、撃つ前には目を閉じなければならないのは同じだが、その命中率はハンドカノンの比ではない。肩当てが出来るだけでも随分と違う。
長く、弾の大きさに見合った銃身と、引き鉄と着火方法の影響も大きい。取り敢えず撃てればいい、という物からは随分と進歩したものだ。
中庭に爆音が響き、しかし今度は馬の嘶きはなかった。民兵らの訓練で慣れたのだろう。
銃弾は狙い過たず的に当たり、それでは止まりきらず城壁に当たって音を立てた。
「悪くないですね」
相変わらずのもうもうたる白煙を手で追い払いながら、ルリーナは呟いた。




