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シーン1

 山間に、破裂音が木霊した。

 驚いた馬の嘶きと、鳥の羽音が続く。


「と、まぁ、こう使う訳です」


 ルリーナは、未だ硝煙をたなびかせる火口を軽く吹いた。

 周囲に揺蕩う、鼻にツンとくる甘い匂いのする、目に染みる白煙を手で追い払う。

 リュング城の城壁の外、崖に向かった広場、ルリーナは民兵らに銃の使い方を実演して見せていた。

 

「すっがす、すっげぇ音だべな」

「んだ、わぁはこげなもん見た事なかたい」

「へっへぇ、カンダズみたいじゃぁ」

「小そう大筒なぁ」


 リュング城伯領、或いはその周辺の各村から募られた兵達は、初めて見る兵器に目を丸くしている。

 いやしかし――


「うん、何を言っているのかさっぱりわかりませんね!」


 エセルフリーダやエレインといった貴族や、大陸から渡ってきた傭兵、その相手に慣れている商人らは解りやすい言葉を用いていたが、元は農民である民兵らは、見事なばかりに訛っていた。

 しかも当然の事、大陸で見られたような方言とは体系が違う。


「翻訳班が必要でしょうか……」


 などと思うのも当然に思われた。しかし、ルリーナの言葉は彼らにも解るのである。

 どういうことだ、と首を傾げざるを得ない。


「とりあえず、代表で誰か一人撃ってみます?」


 左手に持った火種に息を吹きかければ、まだ十分にその用を果たせそうである。

 一発撃ったきりなので、銃身も熱過ぎるという事もなかろう。

 民兵らは顔を見合わせて、互いに肩をつつきあっている。

 相変わらず何を言っているのかいまいち理解できないが、お前がやれいやいやお前が、と譲り合っているところだろう。


「じゃあそうですねぇ、貴方」

「へい、おいらで」


 取り敢えず、まだ訛りの薄そうな小柄な男を選び、ハンドカノンを手渡した。


「じゃあまずそれを……」


 ハンドカノンは木製の棒の先に、小型化した砲を据えたような武器だ。見た目は槍に似ている。

 火薬袋から秤へと火薬を入れ、それを流し込むと、鉛玉と一緒に木の棒で押し込む。これでもか、という程にである。

 点火孔に着火薬を乗せれば、これで発射準備完了だ。この棒を抱え、標的の方に向ける。


「絶対、味方の方に向けないこと」

「へい」


 後ろから火種を渡すと、ルリーナは一歩下がって剣に手を掛けた。

 乱心でもしようものなら切ってやる。という事である。

 剣呑な雰囲気に、民兵らは固唾を飲んだ。


「狙いをつけ終えて、撃つ瞬間には目を閉じるように。射撃用意!」

「射撃用意!」


 目を閉じるのは、火花、滓が目に入らぬようにと言う配慮だ。火薬の生み出す硝煙が目に悪いという事もある。

 これもまた命中率を下げる要因になっているのだが、かといって二発目以降を見えずに撃つ訳にもいかない。


「撃て!」

「撃て!」


 火種を近づければじゅっ、と点火孔に落した火薬に引火、発射まではタイムラグがある。

 先ほどの爆音を聞いていた民兵らの中には耳を塞いでいる者も多かった。轟音。


「お見事、列中に戻って良いですよ」

「へい!」


 それを一番間近で聞いたのは勿論、それを放った本人である。

 その結果に放心している様子だったのに声をかけ、列に復帰させる。


「弾を入れる、敵に向ける、撃つ」


 的替わりに、数十歩先に板を用意していたが、ルリーナの一発は辛うじてその端を吹き飛ばし、民兵の弾は遥か上を飛び越して崖を削っていた。


「必要なのはそれだけです」


 ね、簡単でしょ。と言うようなルリーナの言葉に、民兵らは微妙な表情を返した。



***



「しかし、随分と精が出るな」

「部下が張り切っていまして~」


 ルリーナは、訓練にカメとチョー、翻訳係に現地民だったらしいコウを充てて、エセルフリーダと共にテラスで杯を傾けていた。

 銃の使い方は勿論、隊列の組み方、部隊行動についての訓練が主だ。火薬や鉛が勿体ないと言う事もあり、実際の射撃は今は行っていない。

 民兵らの半数はチョーの指揮の下、そのような訓練を受けていたが、残りはカメの指揮の下、簡素な槍を用いた訓練を受けている。


「主力はどちらなのだ?」

「民兵の方……ですねぇ」


 基本的には民兵の射撃を傭兵らに支援させるような運用を考えている。

 肉弾戦には相応の練度が必要である一方、射撃戦であれば、その要求値は軽減できるというものだ。

 数的には勿論、民兵の方が多いところであるし、戦場での負傷の最たるは、矢玉でのものだ。

 実際の死傷者数と、勝敗はまた別の話ではあるが。


「あちらさんは、騎兵が多いのですよね」

「ああ、主力は間違いなくそうなるな」


 古今、洋の東西を問わず、歩兵が騎兵を破っただの、騎兵への対抗策だのの話は多いが、それはつまり、そんなものが語られる程、騎兵が脅威なのだ。

 確かに戦場での負傷は矢玉によるものが多いだろう。しかし、実際に部隊が崩壊するのは、白兵戦となった時だ。

 投射武器での被害は散発的な物だが、騎士の突撃を受けたともなれば、部隊は建て直すのが困難だ。

 何より、それを想定しなければならない、というだけで十分な脅威となり得る。


「戦場となるのは山の麓にある平原、ですよね」

「まだ宣戦の書状は来ていないが、おそらく」

「では、気になった場所があるのですが……」


 戦に向けた準備は、着々と進んでいた。

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