シーン7
「諸君、たいっへんご苦労さまです」
「うっす……」
城の中庭、座り込んだ傭兵達にルリーナは労いの声をかけた。
どうせなら、と全員が鎧を着こみ、鉄兜を頭に乗せ、槍矛を掲げて入城、と相成ったわけだが、休憩時に武具を装着したまま、山を登ってきたのである。
さしもの傭兵らも、慣れぬ山道に全身装備では息も切れようというものだった。
スリーピーらも食んだ道草色の泡を口元に浮かべている。背の汗はしたたらんばかりだ。
「ルリーナ殿」
「はい?」
「一段落したら城中に頼む。使用人が場所は教えてくれるから」
「了解です」
黒騎士の言葉を受けて、傭兵らに武装解除を呼びかけると、簡易兵舎に追い込んでいく。
スリーピーらの手入れも城の者らに預け、自らは城中に歩を進める。
山肌を削り取ってその中に立っているようなこの城は、優美さとは無縁の、武骨な山砦である。
岩を積み上げた、黒く角ばった威容が、街道を上から睨み付けるような形。
「あー! ヨアンさん!」
「お待ちしておりましたよー!」
外部と同様、むき出しの石造りの廊下を歩いていると、明るい女性の声が聞こえる。
姉妹なのだろう、よく似た、女中服に身を包んだ若い女性だ。
同じ赤毛の髪を肩口で切り揃え、薄くそばかすの浮いた顔と、明るい翠色の瞳からは、活動的な印象を受けた。
その彼女らは両手に抱えた盆で、ヨアンの背中をぐいぐいと押している。
「ちょっ、今、戻ったばかりなのだけれど」
「いいからいいから、早く執務室に入ってくださいよ」
「そうそう、処理しなきゃいけない案件が山積みなんですよ」
せめて鎧を置かせてくれ、と懇願するヨアンを華麗に無視すると、二人は後で樹皮を煮た湯を淹れてあげるから、などと言って彼を部屋に押し込んでしまった。
エレイン様はもう入られていますので。という言葉が駄目押しになったようである。
「大変そうですねぇ」
ルリーナはそれを見て苦笑しながら、広間へと歩を進める。そこにエセルフリーダが居るはずだ。
重い両開きの扉を押し開けると、そこは広間、というよりも作戦司令室の様相だった。
「お待たせいたしました」
「ああ、来たか」
広間の中央、大机の奥にエセルフリーダは座していた。鎧を脱いで鎧下姿である。旅の埃を落としたか、濡れた髪が艶めかしい。
机の上には地図が広げられ、羽ペンとインク、駒に走り書きの紙片。そんなものが散乱している。
壁には剣や槍、鎧などが立てかけられ、窓には木板が打ちつけられており、昼尚薄暗い。
「早速で悪いが、これからの方針を軽く確かめておきたくてな」
「いえいえ。私は馬車に揺られていただけですからー」
そうか、とエセルフリーダは微笑すして組み合わせた手に顎を乗せる。
ルリーナに近くの席を勧め、まだ温かい、湯の入った杯を渡すと、地図に目を落としながら話し始める。
諸民兵らの人数、到着時機、開戦予想の期間など、用兵に関わる事を聞きながらしかし、エセルフリーダの横に付けたルリーナは、横目にその顔を窺っていた。
瞳を伏せ気味にすると、睫毛の長さが際立つ。白皙の肌は、戦場に立つにしては日焼けの跡も見えず、彫像のようですらあった。
あれだけの剣と槍の腕を持っているにも関わらず、その指先は白く、しなやかで、そうとは見えない。
荒れた髪を整えて、紅を差すだけでもすれば、見違えるような美貌になるだろう。
「いや、それが良いところなのですが」
「……何の話だ?」
脳内の声が滲み出たのをルリーナは咳払いで誤魔化す。
決して話を聞いていなかった訳ではない。
「民兵五十名ですかー、中々の大所帯ですね。運用はこちらで考えて良いと?」
「ああ、必要な物があれば、近く従軍商が到着する予定だから彼に言えば良い」
それだけの猶予はあるだろう、という話だった。
持ち込んだ銃は十五挺。これを訓練に使って、とルリーナは考えている。
そう、王都で仕入れたハンドカノンは民兵らに使わせるつもりだった。
その辺りの話を軍の指揮官となるエセルフリーダと詰めていると、何時の間にやら随分と時間が経っていたのか、食事の時間だ、と先ほどの赤毛の女中の片割れが扉から顔を覗かせて呼びに来た。
何と言うか、ぞんざいな態度である。
「もうそんな時間か」
「では、そのような形で」
「ああ、了解した。細部はまた後ほど」
エセルフリーダが立ち上がるのに合わせて、ルリーナも立ち上がる。
赤毛の給仕に先導されて食堂に入れば、この短い時間で随分と消耗した様子のヨアンと、常と変らずお淑やかに笑みをルリーナに投げかけるエレインが居た。
流石に、この部屋は洗練された豪奢さを持っていた。
天井からは、蜜蝋だろう、蝋燭をさした鉄製のシャンデリアが下がっており、重厚な造りの大円卓は、主の趣味を窺わせる。
壁に掛けられた赤い絨毯も、海の向こう、更に東の地から運ばれてきたものだろう。
「ルルさん、お疲れ様です」
「エレイン様こそ、お疲れ様です」
「御免なさいね、道中ではそうそう顔を出す訳にもいかなくて」
貴族の婦人、となると面倒な事どもがあるものだ。お淑やかたれ、等と言うのは最たるものだろう。
最近は馬にも乗っていない、という話をする彼女に、むしろそれほど活動的な事をしていたのか、と驚くほどである。
「お食事をお持ちしました~」
と、気の抜けるような声をかけつつ、赤毛の女中らが、料理を乗せた大皿を卓の中央に置く。
その途端に立ち上ったのは、バターの芳醇な香気だ。
興味を誘われてそちらに目を向けると、女中が誇らしげに胸を張って、お品書きを述べた。
「とれたてのトラウトのムニエルと、豚肉とキャベツのスープ、茹でた豆にパンは勿論、小麦の白パンです!」
鼻高々、といった風情である。それだけ言って一礼すると、早々に立ち去ってしまう。給仕をするつもりはないらしい。
机に並べられた料理の数々は貴族の食卓としては華やかさには欠けるが、肩肘の張らないそれらは、ルリーナにとっても喜ばしい物だった。
「気にせず、食べてくれ」
「ではでは、いただきます」
と、家の主、エセルフリーダの取り分けた料理に手を着ける。
それらは成程、素朴な料理であったが、新鮮な食材をうまく活かした。という言葉がぴったりとしている。
さっくりとした衣、ほろほろと崩れる淡泊な魚に、新鮮なバターが濃厚な風味を加え、ともすれば若く、甘すぎる白のぶどう酒は、いやらしすぎない爽やかさを食事に加えていた。
パンは混じりものなしの真っ白なものであったし、脂の控えめなスープは、それらを大きく引き立てている。
「ああ、ここに定住しても、良いですねぇ……」
と、喋るのも忘れて食べつくした頃に、ルリーナは満ち満ちた腹を抱えて呟いたものだった。
第8話 いざ! リュング城 終了




