シーン3
「姉ちゃん……いや、隊長さん。折り入って話があるんだ」
ショーとリョーとの話し合いを終えて、彼らを外に見送った後、傭兵達と酒場宿にすっかりと居ついていた少年、少女たちの代表、バリーが神妙な顔で話しかけてきた。
ルリーナはぼんやりと、しばらく手入れを下男たちに任せてしまっていた、スリーピーとスケアリーの二頭の元に向かおうかと思っていた所だ。
「どうしました少年、あらたまって」
「その……」
どう切り出したものか、と言葉に詰まる彼の後ろを見やれば、少年団の面々が柱の影から心配そうにこちらを窺っている。
「隊長さんの傭兵団で、俺らを雇ってはくれねぇかな」
「あー」
彼らがこう言うということも考えていない訳でもなかったのだ。
どうやら身寄りもなく、頼れる者も居ない様子。今はこの酒場宿で食事と、簡単な寝床を与えられているが、それは傭兵らが宿泊しているからであって、彼らが出て行けば、昔の生活に逆戻りである。
彼らの内、幾人かは既に孤児院に保護される歳でもなく、働き口にもきっと困っていたのだろう。
そもそも、孤児院の環境については――ルリーナもそれは知らない。
「そうですねぇ、貴方達は何ができます?」
「料理だって、洗濯だってできるぜ! 男どもは荷物持ちもだ」
「とはいえ、行軍は辛いですよ。戦に巻き込まれることも」
「そんなん覚悟の上だ」
口だけならいくらでも、とそう言いかけた言葉を、口の中で転がす。
バリーの目は、飽くまでも真剣である。
「はぁ。まぁ、そこまで言うのなら、構いませんが」
「やったー!」
「おねえちゃんありがと!」
「あっ、おい!」
わーわーと群がる少年少女らを見て、ルリーナは苦笑を浮かべる。
まぁ、彼ら彼女らの働きはここ数日で見ているし、傭兵団にも洗濯婦や炊事係などといったものが欠けていた所だ。
「でも、明らかにまだ齢行ってない子らがいますけど」
「あーうー、それはどうしようかってのその」
置いては行きたくないのだろう。とはいえ、行軍に付きあわせるには体力がもたないと思われる。
少年団の人数は十一人。男子が五人に女子六人。その内、十歳に満たないだろう子供が四人。
「荷物持ち、ちょっと頑張ってくれます?」
「そりゃ、どういう……あっ、いいのか?」
バリーが疑問を投げかけようとして、途中で気付いたようだ。
子供四人程度なら、馬車に乗せることも不可能ではないという判断だ。文字通りお荷物ではあるが、今はその余裕もある。
将来的には負傷者を回収できるようにもしたいところだし、その時には役に立ってもくれるだろう。
「なんつーか、逆に荷物になるみたいで悪いな」
「こちらも考えあっての事ですから」
彼らも二、三年も経てば、傭兵達と肩を並べることになるのだろうか。
それもこれも、皆が生きていれば、という事ではあるが。
「さてさて、では、あなた達も準備してくださいね~」
持ち物は最低限。おやつは四半銀貨で一枚まで。などと冗談を交えつつ、少年団を送り出す。
彼らにも、自分だけの宝物だったり、どうしても手放せない物の一つや二つはあるだろう。
「その、隊長さん。ありがと、な」
「ありがとー」
「ねーちゃんありがとー!」
「ふふーん、感謝なんてしていられない程、こき使ってあげますよ!」
がおー、と、脅すふりをすると、きゃーきゃー叫びながら子供たちは去って行った。
ぱたぱたと音を立てる足元を見てやれば、裸足の者も多い。
「んー、先払い代わりに靴も見なきゃいけませんね」
ルリーナは独りごちて、よっ、とばかりに立ち上がる。
出すべき指示は出したし、やることは殆ど残っていなかった。
「今度こそ厩に行きますか、ね」
といったところで、スリーピーとスケアリーの元に向かうと、真っ先にスリーピーが鼻を鳴らした。
スケアリーはこちらをちらりと見たかと思えば、桶に首を突っ込んで水を飲みはじめ、知らんぷりである。
さながら、暫く放っておいたことへの抗議のようだった。
「ごめんなさいねー、しばらく立て込んでて」
ブラシを手に近づくと、胸元に顔を寄せてぐいぐいと押してくる。
「いた、いたたた、そこは怪我がいたたたた」
恨みがましい目を向けていたスリーピーもようやく満足したか、ぶるんと顔を震わせると、大人しくブラシを受け容れていた。
スリーピーとスケアリーの二頭は、少しばかり肉が付いただろうか。出立までに、少し運動をさせておいた方が良いかもしれない。
「久しぶりに外にでますかー」
と言えば、その言葉を解ったかのように、耳をぱたぱたと動かして喜んでいる様子である。
「スリーピーは乗っても大丈夫ですけれど……」
スケアリーはどうだろうか。
荷馬車を曳く分にはよく慣れているようだが、跨った事がないので解らないところではある。
厩の戸を開き、スリーピーを連れだす。嫌がる風もなくハミを受け、手綱を引いてやれば、大人しくそれに従った。
外に出たところで、一つ勢いをつけてその背に跨る。鞍もないので裸馬である。
「良い子良い子」
首筋を撫でてやると、嬉しそうに体を震わせた。のんびりと歩き始める。
揺れに身を任せてやれば、傷に痛みが走った。背の主が身を固くしたのに気付いたか、スリーピーが振り返る。
「なんでもないですよー」
ルリーナの態度を見て安心したか、今度は走りたくてしょうがない様子。
ここで力比べをしても不毛なので、空き地へ馬首を巡らせる。
とはいえ、しばらくは並歩で慣らしてから。
スリーピーの後はスケアリーの調子も見なくては。
そんな事をして過ごしていれば、あっという間に一日が終わる。
一週間もあれば旅立ちの準備には十分であるが、そうゆっくりもできないだろう。
馬上のルリーナは、ぼんやりとそんなことを考え、突然尻を跳ね上げたスリーピーに叩き落されそうになる。
「こーら!」
何? とばかりに後ろを振り向いた悪びれないその顔を見ると、苦笑を浮かべるしかなかった。




