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シーン2

「現在、ウェスタンブリアで覇権を争っているのは三王国と幾つかの小国、と」


 エレインとの契約書のやり取りと、この地に関わる授業を終えて、ルリーナは酒場宿への帰路を歩いていた。

 頑なについてこようとする傭兵達を、説得――するのをあきらめて撒いてきたので、一人の道程だ。


「東の獅子王国、西の竪琴王国、北の竜王国」


 エレインの授業をぼんやりと思い出しながら、晴れた空の下をのんびりと歩く。

 街は、常よりもむしろ活気にあふれているようだ。諸侯の兵や、傭兵風の身なりをした者の姿も見える。


 三王国のひとつ、現在ルリーナの居る獅子王国は、旧帝国の流れを継いでおり、獅子王や諸侯は、形式上、真珠の港に座する旧帝国の皇帝の血族から信任を得てその地を統治している。

 一方、竪琴王国は、帝国の崩壊の際に宰相として政務を取り仕切っていた人物が独立して興した国となる。

 この二国は、旧帝国を受け継ぐ者として、互いの正統性を相争う関係である。であるからして、その二国間では諸侯も状況に応じて時に離反し、相手方につくこともある。

 他方、竜王国については、元々、旧帝国と争っていた原住民と、海を渡ってきた蛮族の国であり、その王は蛮族王などと揶揄される者であり、相容れない関係ともいえる。

 それらの三王国と、そのいずれかと時には組み、時には離れ、あるいは吸収分裂を繰り返す小国が、ウェスタンブリアを構成していた。


「で、三王国は互いのしがらみのために、手を組むことはほぼないと」


 露天商から林檎を購い、齧る。

 ルリーナのすぐ脇を、二頭立ての馬車が走りぬけていった。

 どうやら、諸侯の隊の持ち物らしく、紋章の染め抜かれた幌を掛けられたそれには、食料品や、飲料の樽が満載されていた。


「諸侯もお帰りの時間ですかねぇ」


 諸侯の軍も商人も、予定よりも短くなった祝宴の期間に加え、対象国の不穏な動きを受けて、少々、慌ただしい様子だった。

 ルリーナ達も他人事ではない。大通りに転がるボロを飛んで避けつつ、酒場宿への道を急ぐ。

 戸の外には、幾人かの傭兵達が待ち受けていた。


「隊長! どこ行ってたんすか!」

「いやぁ、ちょっとリュング城伯の所に」

「怪我もしてるんでやすから、ちったぁ自分の身をですね」

「撒こうとするの追いかけんのも、中々大変なんでやすぜ……」


 傭兵達を撒いた、と言ったが、コウは撒ききれていなかったらしく、ルリーナの後ろから現れる。

 流石は斥候分隊長。これにはルリーナが舌を巻く側だ。


「ストーカー?」

「酷い言い様でやすね!」


 扉を開けると駆け寄ってくる子供たちに外套を預け、ルリーナは傭兵隊の全員を集めた。


「さて、皆さん。我々はリュング城伯に追随して、彼の地へと進駐します」

「おお、いきなり大したもんじゃないでやすか」

「戦が近いんですかい?」

「横の傭兵隊もどうやらどっかに抱えられたみたいだぜ」

「いよいよってとこか」


 どうやら傭兵隊の者らも、戦への動きを嗅ぎつけていたらしい。

 この辺りは流石、と言うべきだろうか。


「出立はいつになるのかしら?」


 そう尋ねたのはベアトリスだった。戦という言葉を聞いて、眉根を寄せ、複雑そうな顔をしている。


「一週間後を予定しているそうです」

「そう……」


 ルリーナは移動に伴い、荷を纏めて準備を進めるよう、傭兵隊に呼ばわる。

 次いでショーとリョーを呼んで、兵糧周りの相談を進める予定だ。


「とはいえ」

「荷物は始めから」

「大してないんでやすがね」


 カメとチョー、コウらの分隊長は、すぐに手持無沙汰となってしまう。

 これが何月、何年の話ともなれば別であるが、もともとが流れ者の傭兵達。

 必要以上に私物など持っていようもなかった。


「いっちょ訓練でもつけるか」

「ああ、ここで引き締めておくかな」

「熱心でやすね……」


 そんな事を言いつつ、傭兵らは外へ出ていく。

 暇と見れば訓練を行おうという姿勢は素晴らしいところだが、行軍前に疲労困憊では元も子もない。


「ほどほどにしといてくださいね~」

「勿論ですぜ!」

「まだ一週間もありますからな」


 などと、本当に解っているのか判断に悩む言葉と歯を剥いての笑顔を見せて、連れだって歩いて行った。

 心なしかその背中は、随分と楽しそうに見える。


「まぁ、うちも少数精鋭って所ですから、大丈夫でしょう」

「大丈夫なのでしょうか……」

「今辛い分、後で生き残れると思えば良いんじゃないかい」


 残ったショーとリョーがそんな事を言っているが、勿論、話はそんなに単純でもない。

 確かに練度の高い部隊であれば、それだけ損耗は少なくなるが、いつ、誰が倒れるかなどと言うのは時の運に過ぎない。

 人数が増えれば増えるだけ個人の武勇は意味をなさず、飛んできた矢玉や、局地的に生まれた包囲に、ふとした瞬間に倒れるのだ。

 ルリーナの口元が、凄絶な角度で吊りあがる。浮かんだ笑みを咳払いするように誤魔化した。

 まぁ、その不慮の事態を減らすための訓練であり、その訓練が可能にするのが戦術、作戦なのだが。


「やる気があるのは良い事、としておきましょう」


 さて、とルリーナは一つ手を打って話を戻す。

 たかが数日とはいえ、数十人が動くにはそれなりの準備が必要なのだ。

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