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シーン1

「急な呼び出しに応えくれて感謝する」

「いえ、お待ち申し上げておりました」


 王城の一室、広くはないが、気の利いた調度の並ぶそこ。

 男物の鎧下を身に着けた、白金色の髪を持つ貴族の前に、赤いドレスを身に纏った栗色の髪の少女が跪いていた。

 つまるところ、エセルフリーダとルリーナである。

 さながら、貴婦人に傅く騎士のそれ――を、逆にしたかのような絵だった。


「……取り敢えず、座ったらどうだ?」

「はっ!」


 エセルフリーダが苦笑と共に、机を挟んで対面に置かれた椅子を勧める。

 その椅子を引いてみせたのは、黒騎士――ヨアンだった。


「黒騎……ヨアン殿もご無事なようでなによりで」

「ああ、不甲斐ない。ルリーナ殿には感謝してもしきれない所で」


 椅子に座ったルリーナに、エセルフリーダの脇に控えていたエレインが笑いかけた。


「ルルさん、いつも通りで良いのですよ?」

「え? 何かおかしいです?」


 どこからどう見てもガッチガチに緊張している。

 釣られて動きがギクシャクしているヨアンも相まって、中々に滑稽な劇が展開されていた。


「まぁ、楽にしてくれ。謁見ではないのだから」

「はい」


 ルリーナは一つ深呼吸をする。よし。大丈夫だ。


「まずは礼を言わせてもらおう」

「いえ、当然の事をしたまででー」


 そんなことはないと思うけれど、そう呟いたのはエレインである。

 エセルフリーダも少し考えるように目線を持ち上げた。当然の事、と言い切られてしまえば、何故、とも問えない。

 しかも、あっさりと口にしたルリーナのそれは、本気で言っていることが明らかである。


「まぁ、後で褒美を取らせよう」


 エセルフリーダは、多少なりとも裏を疑っていたのだろうが、問いただしたところで意味がないという結論を得た。

 ルリーナにとっては心外な話である。常ならば当然の疑心に気付いて然るべきであるが、今の彼女にその考えはない。

 そんなやり取りを終えて、さて、とばかりにエセルフリーダは本題を切り出す。


「今回、呼んだのは他でもない。次の戦役の話でな」

「あら? この前、戦が終わったばかりだと伺っていますが」

「……この国についてはどれまで知っている?」

「実はさっぱり」


 ルリーナは軽く頬を染めて、恥じ入るように身を縮める。

 ウェスタンブリア、という地について知っている事など、精々、傭兵達の噂話程度。

 大陸から獅子王国へと入ったのも、そこが偶々、母国と関係が良好な点と、何より、近かったというただそれだけの理由だった。


「エレイン、後で詳しい話は任せた」

「はい。姉様」


 姉様はよせ、と苦笑とも微笑とも言えない形に口を歪めたエセルフリーダと、口許に手を当てて笑うエレイン。

 それだけを見ていれば、ただの仲睦まじい姉妹のそれだ。


「我々は近い内に、リュング城まで戻らねばならぬ」

「と、言うと?」

「国境付近の敵の動きが怪しいと報告がな」

「ほむ」


 今更ながらに、この地の地理を知らないルリーナは、リュング城とは国境に近いのだろうか、などと首を傾げる。


「それで、ルリーナ殿の傭兵隊に」

「ルリーナで結構です。いっそルルでも!」

「……ルリーナの傭兵隊にも我々と移動してもらいたいところでな」


 ルリーナの、身を乗り出しながらのアプローチを軽く流しながら、エセルフリーダは本題を切り出す。


「随分と急になりますね」

「多少は遅れて来てもらっても構わないが」


 ルリーナは移動に必要な物を考えて、問題ないと判断した。

 然程、人数を抱えているわけでもなければ、荷馬車もある。


「どれほどの距離になりますか?」

「まぁ、数日、という所だな」


 獅子王国、というのはその名の勇猛さに反して意外と狭いのだろうか。そんな考えが表情に浮かんだのか、エレインが口を開く。


「リュング城は、獅子王国と竪琴王国の国境ともなる、白峰山脈の中にあるのですが、位置的には獅子王国領に突出した形で……」


 つまるところ、通行上の要害であり、首都に最も近い国境であるとの話だった。

 山中というのなら、馬よりも驢馬が必要だろうか。とも思ったものだが、旧帝国時代に整備された街路が存在するという話に、その必要はない物と思われる。


「首都からリュング城、果ては竪琴王国まで幹線道路が続いているのですか?」

「ええ、元はと言えば同じ国ですから」


 エレインが困ったように眉を下げた。

 整備された道は行軍を劇的に速める。勿論、物流や、情報の行き来もそれに準ずるが、当然、防衛上は余りよろしくはない事に思えた。


「しかしながら、それは相手も同じ事」

「そうだ。だからリュング城付近は常に竪琴王国との戦いにおいて前線となる」


 エセルフリーダの発言に、そんな場所の防衛を城伯に任せるのか、と思った所で、エレインの話を思い出す。

 かつては辺境伯であり、戦によって領地を失った。そういう事か、とルリーナは一人頷いていた。


「勿論、宣戦が布告されれば、王自ら諸侯を率いるが」

「……」


 諸侯らも一枚岩。とはいかないだろうし、自領を空にする訳にもいかない以上、そして、戦が空けて間もない以上、どれほどの戦力が、いつ到着するものか解らない。

 自前で少しでも戦力を抱えていたいと思うのは、自然な事だと思われた。


「とはいえ、私の傭兵団は数十名しかいませんが」

「それだが」


 その話はヨアンが引き継いだ。


「ルリーナ殿には領民の指揮を任せたいと思っている」

「傭兵隊長に、ですか?」


 領民、民兵は領主の戦力であり、数の上では大多数を占める正規の軍勢だ。

 その一部とはいえ、傭兵隊に分け与えるというのは、聞いたこともない話である。


「ルリーナ殿が信を置ける人物であるというのは解っている」

「それはありがとうございます」


 ヨアンがちらりとエレインに目を走らせ、彼女は頷いて見せた。


「なにより、前線指揮官の数が足りぬ」


 エセルフリーダが手を組んで、机に肘をかけた。少し悩むような顔。


「エセルフリーダ様は?」

「私は、地方騎士らからなる騎兵隊を統率せねばならない」

「閣下自ら」

「うむ」


 地方騎士とはいえ貴族は貴族、準貴族。

 ルリーナが指揮するのは勿論の事論外であるし、ヨアンでは――と、考えて馬上槍試合での失態を思い起こす。


「侮られそうですね」

「何が言いたいかは痛いほどわかるよ……」


 ルリーナがにっこりと笑って言った一言に、ヨアンは胃の辺りを押さえて応えた。

 まぁまぁ、と肩に手を置くエレインの優しさは天使のそれである。


「移動するのは一週間後を予定している」

「本当に急なのですね」

「なにか入り用であれば、資金は出す故」


 ルリーナは頬に指を当てて、移動に関わる諸々を考える。


「まぁ、今はまだ、闘技会で頂いた褒賞も有りますので」

「そうだったな」


 では、とエセルフリーダが立ち上がり、ルリーナも慌ててそれに続く。


「契約周りは、エレインに一任している。宜しく頼むぞ」

「は、はい!」


 エセルフリーダの差しだす手を取って、ルリーナは首ももげんばかりに頷いて見せた。

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