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シーン8

「待て」


 その時、凛とした音声が広場に響いた。

 優美な足取りで現れたのは、処女雪を思わせる葦毛の馬。

 その背に跨る人物を確かめると、従士の青年は、馬上ながら深々と頭を下げて見せる。


「これはこれはリュング城伯殿、一体何事ですか?」

「何事か、とはこちらの台詞だ」


 それは、エセルフリーダ・オブ・リュングその人だった。

 ルリーナはと言えば、驚きと、それ以外の何かに狼狽し、目を見開いて頬を染めている。


「は?」

「こちらの傭兵は、私の命令を受けて動いている」


 顔を上げた従士の青年は、疑うような目つきでエセルフリーダを見た。


「そのような事は伺っておりませんが」

「ふむ、私に迷惑を掛けぬように、等と考えたのではないか」

「しかし」


 尚も言い縋ろうとする青年に、エセルフリーダは語気を強める。


「王の臣下である私を疑うか?」

「……いえ、いえ」


 王の従士とは言え、彼らは貴族の子弟。

 立場の上では、領主であり、正式な貴族であるエセルフリーダの方が上位だ。


「諸君らの謹厳たる責務への態度は、同じ王を戴く者として誇らしいものだが」

「勿体なき御言葉」


 複雑そうな表情を隠すように、青年は深く頭を垂れる。


「しかし、事は家中の問題。ここは引いて頂きたい」

「無論、そうさせていただきます……おい」


 未だ納得のいかない顔ではあったが、青年は部下らを引き連れ馬首を巡らせた。

 今一度、ルリーナを睨み付けると、エセルフリーダに礼をして離れていく。

 どうやら、衛兵に捕まる事態は避けたようで、傭兵達はほっとため息を吐いた。


「ご苦労だったな」

「なぜ、なぜこちらに?」


 エセルフリーダは巧みな手綱さばきで駒を寄せると、ルリーナに労いの言葉を掛けた。

 ルリーナからしてみれば、これ以上ない程ありがたい事では有ったが、疑問は残る。


「何、昨日の今日で従士隊が出ると言うから、まさかと思ってな」

「その、ありがとうございます」


 構わぬ。そう言ってエセルフリーダは手をひらひらと振った。


「どうやらヨアンのやつめが迷惑をかけたようだしな」


 これで話は終わった、とばかりにエセルフリーダは元来た道へ戻ろうとする。

 ルリーナはそれを引止める理由を見つけられず、離れる彼女を見送ることしかできない。


「すまんな、未だ軍議が続いているのだ」


 また使者を送る。それだけ言うとエセルフリーダは駒を駆り、走り去ってしまった。

 風のように来て、風のように去る。ルリーナも傭兵達も、呆気にとられるしかなかった。


「……で、ベアトリスさんの方はどうだったのです?」

「ああ、それなんですが」


 色々と有って疲れた。それがルリーナの本音だ。


「向うの小屋はもぬけの空でして」

「え!?」


 まさか、ベアトリスは連れ去られてしまったのだろうか。そんな事をする相手には見えなかったが。


「いや、ベアトリス嬢はいやしたよ」

「驚かさないでくださいよもう」


 どうやら、ベアトリスを小屋に放置したまま鉄兜の手の者は撤収をしたらしい。


「カチコミだってんのにすっからかんだってんだから」

「まったく拍子抜けだよなぁ」


 酒場宿に戻ってみれば、別働隊を率いていたカメらがそんな事をぼやいていた。

 人質にされていた筈のベアトリスですら、既に仕事をしている始末。


「まぁ、何事も無くて良かった……んですよね?」


 留守の間も厨房を手伝っていたバリーの妹分たちの一人を労いながら、ルリーナはそう漏らす。


「その、何かごめんなさいね?」


 エールを満たした木の杯をルリーナの下へと持ってきたベアトリスがそんな事を言うのに、ルリーナは首を横に振った。


「悪いのは例の鉄兜ですよー」

「まぁ、そうなのだけれど」


 何はともあれ、ベアトリスが無事でよかった。ルリーナはそう考えることにして、杯を傾けた。

 前日からの疲れを解そうと伸びをしようとして、肋骨の痛みに体を丸める。涙がでる。


「……あ、思い出しました」

「何をでやすかい?」


 さきほどの従士隊長、トーナメントで初めにあたった、ルリーナを口説こうとした愚か者だ。


「あっちゃー、私も面倒な恨み買っちゃってます?」


 ま、いっか。

 そんなことを呟いて、ルリーナは机に突っ伏した。


「食事時には起こしてください~」


 病み上がり、いや、病み上がってすらいない体で、色々と起こり過ぎた。

 体にのしかかる様な疲労に、気付く暇もなく瞼は落ちていた。

第7話 ふくしゅうのおじかん 終了

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