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シーン6

 むくつけき男どもが平らげる量に比べれば、子供の四、五人増えたところで、別に負担は変わらない。

 この酒場宿では料理の殆どをベアトリスが担っていたらしく、現在はリョーが仕切っている厨房は、そんな調子だった。

 そもそも、十何人もの料理を作るだけで、そこは戦場もかくやの様相を呈していたのだが。


「次! タマネギの皮は剥けましたか!?」

「はい!」

「鍋を火にかけて!」

「できてます!」

「肉、買ってきました!」

「ありがとうございます! 早速切って!」


 つまみ食いでもしようかと、そんな事を考えてか顔を出した傭兵の一人は、その様を見て顔をひきつらせ、何か言われる前に引き下がった。


「おじちゃんおじちゃん」

「ん? 君はさっき隊長が連れてきた……」


 バリーの妹分の一人が、何時の間にやら厨房に入り込んでいた。


「今忙しいから、広間の方に」

「ううん、あたし、お料理できるよ?」


 どういう事かと首を傾げたリョーであったが、どうやら、手伝いを申し出ているらしい。

 確かに猫の手も借りたい状況である。しかし、この少女が言う料理ができると言うのはどの程度の物か。


「とりあえず、向うのお兄さんたちを手伝ってもらえますか?」

「りょうかい!」


 傭兵達の真似かそんな風に返しつつ、少女は連れてきた数人とともに調理の下ごしらえに向かった。

 これがまた、下男らも真っ青の見事な手際だったのだが、これはまた別の話。


「で、ですよ」


 只で飯を貰う訳にはいかねぇ、そんな事を言って少年団の指揮を執っているバリーを後ろ目に、ルリーナはコウらから報告を受けていた。


「行先はどうやら、例の空き地にほど近い廃屋、と」

「でやすね。どうやら出入りした跡も残っていやしたので」


 ふーむ。とルリーナは腕を組んで考え込む。


「相手さん、この手の事には素人なんじゃあないでやすかね」

「やっぱりそう思います?」


 罠にしてはお粗末であるし、そうでないとするなら不用心というか。


「隊長、戻りやした」 

「ご苦労。で、様子は?」


 その小屋に張り込みを行っていた、コウの部下の一人が、片膝をついて頭を下げる。

 あんまりに形式張った所作に、茶化した言の一つも返したくなる。


「どうやら、ベアトリス嬢が囚われているのは間違いないようで」

「と、言うと?」

「それが……」



***



 薄暗い小屋の一室、元は住む者も今やない、捨てられた家の一つだったのだろう。

 痛んだ梁や柱、むき出しの土の床は正に廃屋のそれだった。

 しかしながら、その部屋には蜘蛛の巣の一つもなく、粗末ながら机や椅子と言った調度が設えられ、温められた葡萄酒の香気さえしている。


「……で、どういう事なのかしら?」


 ふぅ、とため息を吐いたのは、黒墨色の髪を一つに纏め、エメラルド色の瞳をその長い睫に翳らせた娘。つまるところ、ベアトリスその人だった。

 突然、囚われ――おそらく、袋にでも詰められ担がれてきたのだろう――何事が起こったかと理解も出来ないまま連れてこられたかと思えば、部屋に閉じ込められてこの様子。

 木板を打ちつけられ、閉じられた窓に、監視の為か一人残った男には気も重くなるが、それを除けば、待遇は悪いものでもなかった。

 寧ろ、良すぎるくらいだ。食事はパンとチーズだけの物をだったが、そのパンはふかふかの白パンであったし、チーズは舌の上で溶けるような質の高いものだった。


「すまないな、説明はできんのだ」

「でしょうね……で、暑くないの?」

「それはあの娘にも言われたな」


 鉄兜をがちゃがちゃと言わせて男は笑う。何故か部屋の中なのに面当てすら下ろしたままだった。

 明らかに異質な姿であったが、その姿は、闘技場で観戦していた時に見たものと同じだった。


「事が終われば、無事に返してやるとも」

「そう望むわ……」

「ああ、我が名に賭けてな」

「で、誰なの?」

「それは……いや、おっと危ない」


 中々の策士であるな、等という男から目をそらし、ベアトリスはため息をついた。



***



「話が聞こえた……と」

「はい」


 ルリーナへの報告を終えた彼は、僅かに困惑した表情を見せた。

 賊にしてはやり方が甘く、汚れ仕事を専門とする者としてはあまりにも稚拙。

 とはいえ、これが事実なのだからいかんともしがたい。 


「小屋の間取りは」

「大凡、把握してやす」


 これにはコウが答えた。既に斥候を配置し、指定された空地と、廃屋への調査は終えている。

 伏兵もなく、然程人数もない様子。そうと解れば、取る手段も自ずと決まったものだ。


「しかし、今回も見事な仕事でしたね」

「やめてくだせぇ。今度ばかりは敵方が甘すぎただけで」


 瞬間、満更でもないような顔をしかけたコウは、すぐに微妙な顔になる。

 杯を傾けて唇を湿らしたルリーナは、次の一手の為に兵らを呼び集めた。


「さて、皆さん、お待たせしました」

「お、やっとカチコミですかい?」

「カチコミじゃー!」

「待ちくたびれたぜ!」

「嘘つけ、おめぇ寝てたじゃねえか」

「うっせぇ!」


 武器を掲げ、今にも駆けださんばかりの彼らを前に、ルリーナは頷く。


「では、作戦を説明します」


 にやり、と笑って見せたその表情は、剛胆な傭兵隊長のそれだった。

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