シーン5
「誰も居ない、と」
「畜生、何なんだよ本当に……」
結局、少年を雇ったと言う男は、その場所には居なかった。
「どうしやすか、隊長」
「そうですねぇ、コウさん……の、部下に足跡を追わせましょうか」
まだ朝早く、人通りが少ないだけあって、街路に残された足跡は少ないようだ。
「おう坊主、その男の風体は覚えてるかい」
「ああ、覚えてるぜ!」
「じゃあ……」
「あいや、そうだなぁ、ちぃと御恵みがあれば思い出せるんだがなぁ」
「こんのクソガキ」
コウの質問を受けて、これは金になると踏んだ少年は、言い渋る様子を見せた。
転んでもただでは起きない姿勢は、寧ろ感心してしまうものだ。
カメが激昂するのを、ルリーナは手で制すると、懐から銀貨を詰めた袋を取り出す。
「で、その男は幾らくれると?」
「そうだなー、ざっと十枚ほど」
「良いでしょう、思い出してくれたら十二枚」
「え!?」
銀貨十枚などというのは、明らかに話を盛っているだろう。
それをそのまま、あまつさえ増やして払うなどとは思っていなかったに違いない。
少年は目を見開いたまま口をパクパクとさせている。
「おうおうおう、姉ちゃんふとっぱらだなぁ!」
「ふとっ……どうです、思い出せそうですか?」
「そうだそうだ! あんまりに驚いたもんだから、本当に忘れちまうところだったぜ」
少年は嬉々としてその男の風体について話し始めた。
保証もなくほいほいと話してしまったり、小間使いのような事をしてしまう辺り、おそらく根は悪い少年ではないのだろう。
「顔は隠していたし、粗末な服を着ていたけれどよう、俺っちの目はごまかされねぇよ」
「はは、そいつは結構なこったな」
コウが笑みを浮かべながら、少年の話を聞いている。
眼は笑っていないが、少年の言う事をひとつ残らず覚えようとしているようだ。
「足下は」
「足下を見るのは基本だからな。カッチリとした見事な革靴だったぜ」
それに、服は粗末でも綺麗すぎた。あれは隠しているけど良いとこの生まれだぜ。
どうだ、と言わんばかりに胸を張った少年を前にうんうんと頷きつつ、コウは考え込むように目を閉じた。
「んで、どうだい、払ってくれるかい?」
「どうです、コウさん」
「なかなか見所が有る坊主でやすな」
ざっと足元を見て、コウは当たりをつける。
「後はこれが本当の事なら」
「何だよ! 俺が嘘をついたってのかい」
「そうですねー、それじゃ、今は半分」
憤る少年に、ルリーナは銀貨を六枚手渡す。残りは下手人を見つけてからだ。
「悪いですが、まだしばらく付きあってもらいますよ」
「待てよ、俺にもやんなきゃいけない用が」
「んー、そんなに大事な事ですか?」
「そりゃもちろ……」
ルリーナは何の気負いもなく、何時の間にやら剣の柄頭に手を当てていた。
たらり、と少年の頬を冷や汗が垂れる。
「いや! 全然大事な用事じゃなかった!」
「あはは、それは良かった」
柄頭から手を放したルリーナは、首の後ろへと手を回し、体をそらせる。
妙齢の女性がすれば、さぞ魅力的なポーズであったのだろうが、悲しいかな、ルリーナの体つきは慎ましやかに過ぎた。
「お、兄ちゃん!」
「兄ちゃんだー」
「ば、お前ら、こっちくんなって!」
「あらあら」
三々五々と周囲から集まってきたのは、少年よりも幾つばかりか齢若い少年少女たちだ。
薄汚れた服に肌、境遇を同じくする街の悪童たちだろうか。
「んー、どうせならみんなで宿に来ます?」
「げ、隊長、うちは孤児院じゃないんですぜ」
どうやらカメは子供が苦手であるようで、明らかに嫌そうな顔をしていたが、ともかく、ルリーナ達の事を言いふらされても困る。
「いやいやいや、俺だけで十分だろ!?」
「取って食おうって訳じゃないんですから~」
嘘だ! と叫ぶ事ができれば、幾分か気が楽だっただろう。
少年は、身に纏わりつく妹分、弟分をあしらいつつ、その目をルリーナの剣と顔とに行き来させていた。
「そうだ、少年。名前を聞いていませんでしたね」
「……バリー。バリーってんだ」
諦めたかのように肩を落とすと、少年、バリーは溜息と共に名を告げた。
「んじゃ、バリー、取り敢えず来てもらいますよ」
「しかたねぇ……ほら、お前らいくぞ」
「え? どこどこ?」
「どこいくの?」
「今日もとりにいかないと」
「そうだよ、この前行商人きたばっかりだし懐も……」
「こら!」
バリーは余計な事を言おうとした弟分の口を大慌てで塞ぐ。
話の内容から察するに、スリやかっぱらい、そんな事で口に糊をしているのだろう。
褒められたことではないが、珍しい事でもなかった。それが、戦火冷めやらぬこの地であればなおさらだ。
がやがやとバリーと少年少女らは道中も騒ぎつつ、ついてくる。
先に戻らせたコウの部下らと入れ替わりに酒場宿へと戻ると、ルリーナは飲み物と軽食を出すように言った。
「わわ、水じゃない!」
「にがぁい……」
「こんなの食べたのいつ振りかな」
「良いのかい、こんなに貰っちまって……」
バリーは心配げにそれらを見ていた。食事や報酬と言い、羽振りが良すぎる。
それを傍目にからからとルリーナは笑っていた。
「私はこれでも騎士になりたくてですね?」
「はぁ」
「施しは美徳、と教会も言う所ですし」
「そんなものかい……?」
バリーはまだ納得のいかない顔であったが、要は、御貴族様のやる事――つまり貴族のやることはよくわからないものだ――か、と独りごちた。




