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シーン4

「何だあんたら!?」


 空も白んできた頃、酒場宿の前で騒ぐ声で、うとうととしていたルリーナははっと目を覚ました。

 う~ん、と伸びをして、口許のよだれを拭く。少し恥ずかしい。


「なにごとですか~?」

「だから、俺は何も知らないって言ってるだろ!?」


 明け方の日差しに目を細めつつ、扉から顔を覗かせると、一人の、如何にも町民の若者、といった風情の男を、傭兵の男達が囲んでいた。

 男、といっても、まだ少年の域を越えない程の齢だろう。薄汚れた、地味な土色のフードを被っている。

 首根っこをつかまれてじたばたと暴れているが、屈強な傭兵達に良いようにあしらわれていた。


「あ、おはようございやす隊長」

「それがこいつがですね」

「俺たちを見た途端逃げ出したんで」


 おう、手前、何を隠してやがるんだ。そんな事を言いながら、傭兵達が彼を小突く。


「まぁまぁ、落ち着いて下さい」

「おう、姉ちゃん、なんなんだよこの野郎どもは」


 暴れることをあきらめた少年は、非難がましい目でルリーナを見る。

 意外と肝が据わっているというか。何と言うか。

 よく見れば、身に纏った服は、随分と垢に汚れ、いつ洗ったとも知れない。

 存外、高い声でしゃべる彼は、目つきの悪さが齢を上にみせていたが、まだまだ十代も始め、といった年頃だろう。

 体つきも貧相を通り越して鶏がらのそれだし、それらは特に珍しい事でもないが、街の悪童、といったところだろうか。

 ルリーナは受けた印象を改めつつ、目を細める。合わせた服の前から、それだけ綺麗な状態の包みが見えた。


「ああ、私達はここに泊まっている傭兵でして」

「姉ちゃんが?」


 疑いの視線を浴びつつ、ルリーナはこの失礼な少年をどうしたものかと考える。


「ちょーっと、今、厄介事に巻き込まれれていてですね」

「そんなん、俺の知った事じゃねぇよ!」

「まぁまぁ、取り敢えず、ご迷惑をおかけしたお詫びにでも、食事でもいかがですか?」


 むっ、とした顔の少年は、明らかに動揺した。どうしようかと悩んでいる素振りである。

 明らかに怪しい相手ではあったが、食事にありつけるとあっては、断る訳にもいかない。

 そんな事を考えているのが、表情にまざまざと描いてある。


「そ、そこまで言うなら、仕方ねぇなぁ」

「ありがとうございます」


 ルリーナの百点満点にほど近い営業用の笑みに、少年はたじろんだ。

 同時に、見た目は良いんだがな、という何処かで聞いた事の有る様な傭兵の一人の声が聞こえ、ルリーナはこっそりとそれを言った者の脛を蹴飛ばす。

 声もなく崩れ落ちた一人は放っておいて、重い木の扉を押し開け、店内へと一歩踏み込む。


「お、隊長、その坊主は?」

「お客さんです~、取り敢えず食事の用意を」

「あ、はい!」


 そこには完全武装の傭兵達がぎっちりと詰まっており、更には扉を、先ほど外に居た、歩哨役の傭兵達が固めている。

 目ざとくそれらに気付いた少年は、諦めて開き直った態度を取る事にしたようだ。

 ほどなく、リョーが牛の乳で煮た小麦とパンの、簡単な食事を持ってくる。

 朝に食事をとるのは、教会によると余り褒められたことではないとされていたが、少年はそんな事を気にする風もなく、がつがつと旺盛な食欲を見せ、あっという間に一皿平らげてしまった。それどころか、更におかわりを所望する始末だ。

 まぁ、朝食がどうの、などと気にしないのは傭兵も同じだが。

 少年の見事な食べっぷりを、葡萄酒を飲みつつ見ていたルリーナは、彼が食べ終わった機を見計らい、話しかける。


「さて、こんな朝早くに、何の用事でこんなところを?」

「ああ、何か宿屋の前に包み置いたら、金をくれるってやつがいてさ」

「ほう……」


 その話を詳しく、とルリーナは机に肘をついて、僅かに身を乗り出す。

 少年は僅かに逡巡したようだったが、机の上に転がった空の皿を見て、口を開く。


「何か、怪しい兄ちゃんだったんだけど、ただこれを置いてくるだけって言うもんだからさ」

「その小包、もらえます?」

「ああ、勿論、最初から渡すように言われてんだから」


 何が書いてあるんだい? と書状を覗き込む少年の頭を手で押しのけつつ、ルリーナはそれを読む。

 今夕、街の外れの空地へ一人で来い。そこでベアトリスを返す。

 書状に書かれていたことを要約すればそんなところだった。


「で、これを置いたらお金をくれるといってましたが」

「そうだ! 早くもどらなきゃなんねぇ!」


 そう言って立ち上がった少年だったが、周りの傭兵がそれを押し留める。


「なんだよ!」

「まぁまぁ、多分戻っても意味がない……と言うよりも、逆に危ないかもしれませんよ?」

「あ? それはどういう」


 おそらく、そこにはもう誰も居ないか、あるいは口封じの為に待っているかの二択だろう。


「どうせですし、自分の目で確かめてみます?」


 ルリーナは椅子を蹴って立ち上がると、数人の兵を呼ぶ。


「コウさん、あとカメさんですかね」

「応」


 まったく何なんだよ、と状況が読めずに目を白黒させる少年に、ルリーナは立ち上がるように促す。


「さあ、少年。そいつの所に案内してください」


 今更ながら、少年は、ルリーナが腰に下げた剣に手を当てているのに気付き、窓から射す逆光の中、その微笑が恐ろしげに見えて、ぞっと背中が粟立つのを感じていた。

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