シーン3
「只今、もどりやした」
「おつかれさまです」
ショーが戻ってきたと見ると、はい、と真っ先にルリーナは手を差し出した。
一瞬、何を求められているのかに見当が付かずに戸惑うショーだったが、ルリーナの目が角度を増していくにあたって手紙を持ち、出る前の事を思いだした。
おっかなびっくり、懐にしまっていた指輪をルリーナの手の上に置く。
うむ。と頷いたルリーナを見て、ショーはほっと胸を撫でおろした。どうやら正解だったようだ。
貴族様への謁見以上に、心臓に悪い。
「追跡やらは、なかったようですぜ」
「手がかりなしですか~」
後から入ってきたコウらが、顔を覆っていた布を剥ぎ取りつつ言う。
監視を恐れたのは杞憂だったか。とはいえ、警戒のをしてし過ぎという事はないだろう。
「で、エセルフリーダ様……リュング城伯は何と?」
「それなんスがね」
下男が持ってきたエールで唇を濡らしつつ、ショーは手に持った、丸めた羊皮紙をルリーナに手渡した。
どれどれ、とルリーナはそれを広げて読み始める。
「あら、黒騎士さん生きてましたかー」
その手紙は、黒騎士――ヨアンが書いたものだった。
まぁ、そんなに柔じゃないとは思っていましたが。そんな事を言いつつ読み進めると、どうやらベアトリスを助けて欲しい、という趣旨のようだった。
病床の中で書いたのか、字がのた打ち回るようで読みにくかったがともかく、個人的なお願い、という形でベアトリスの助命を求める内容である。
特に何を保証するとも、対価についての言及もなかったが、まぁ、大きい貸しという事にはなるだろう。
「リュング城伯は何と?」
「あぁ、まぁ、要約すると放っておけという所で。ただ、その後、妹御様ですかい?」
「エレイン様」
「そう、そのエレイン様がこれを隊長にと」
「ふーむ。どうしますかねぇ」
ヨアンとベアトリスの間に何が有ったのかは知らないが、ベアトリスが彼を悪く思っていないのは確かだ。
「リュング城伯はどんなご様子でした?」
「と、言いますと?」
「強く止めてましたか?」
「あぁ、いえ、どうでもいいような感じで」
ふむ。とルリーナは頷く。
恐らく、この件は黒騎士の独断で、エレインは承知の上。
彼の言うとおりに動くのも癪だが、少なくとも、主従揃って見捨てよ、とは言っていないのが救いか。
「まぁ、どう考えても罠ですよねぇ」
わざわざ罠に突っ込むくらいなら、無視した方が賢明だ、というのがエセルフリーダの意見なのだろう。
「まぁ、突破してしまえば、お叱りもありませんかねぇ」
いよいよ、この傭兵達の不穏な空気が、娘に関係するのではないかと気付いた店主が、心配そうな顔で様子を見ている。
雁首揃えた傭兵達は、今か今かとルリーナの次の指示を待っている様子だ。
「とはいえ、打つ手がありませんねぇ」
ベアトリスが何処で消息を絶ったのか、聞き込みを行おうにもこの時間だ。
店をたたんでいるどころか、既に床に着いていてもおかしくない。
闇雲に捜索を行ったところで、徒に兵を疲弊させるだけだろう。
「取り敢えず、警戒を維持しつつ各自休憩を」
「うす」
「あと、リョーさん」
「は、はい!」
「店主さんと協力して食事を作ってください」
ベアトリスが居ない事もあり、傭兵達はまだ食事もとっていなかった。
不安げな店主に落ち着くように告げて、厨房へと送り出す。
チョーがルリーナの対面に腰を下ろした。情報の整理くらいしかする事もない。
「隊長、この後はどうしやすか」
「まぁ、向うの出方待ちですね~」
このまま、何事もなく人質を返したのでは何の意味もないし、逆に返さなくても意味がない。
これから更なる交換条件の提示が有ることが予想された。
「ベアトリス嬢は無事ですかね?」
「まぁ、返すつもりなら無事でしょう」
後は相手が誇り有る人物であるかにかかっているが、そこは余り心配をしていなかった。
「それに、心配した所でやることは変わりません」
「飽くまでも、奪取するつもりでやすな」
当然。ルリーナはそういって胸を張ろうとしたが、忘れていた傷が痛み、顔をしかめた。
この様では、胸甲を着ける事などかなわないだろう。
「今回は皆さんに任せることになるかもしれませんねぇ」
「ははは、偶にゃあ良いところ見せさせて下せえや」
「この前、私に負けたばかりじゃないですか」
「うぐ……」
カメの軽口に応じつつ、ルリーナは考え込む。
最大の予備戦力として計算している自身が抜けて、今回の件に対応できるだろうか。
おそらく、この先は個人の力量に頼むところが大きいだろう。例の鉄兜などが居る事を考えると、どうにも安心はできなさそうだ。
「敵の戦力が分かれば良いのですが……」
「おい、まだか」
「早い事カチコミと行きたいぜ」
「かー、正面から来ないとは敵さん臆病だなぁ」
うーむ、と幹部隊員たちが頭を抱えるのを尻目に、傭兵達はやる気満々の様子だ。
「ああ、そっか、正面から来ないなら人数もそれほどじゃないんですかねぇ」
「そうでやすね」
「何とかなるんじゃないスか」
ノリの軽い傭兵達に違う意味で頭を抱えつつ、毒気を抜かれるルリーナ達だった。




