表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
45/101

シーン2

「あら? そういえばベアトリスさんは?」

「そういえば随分と前に出たまんまスね」


 既に日が傾いでから、随分と時間が経っていた。

 仄暗い酒場に、小間使い達が獣脂蝋燭を運んでくる時間になっても、彼女は戻ってこない。

 当然、夕食の時間に既になっており、小間使いと店主も心なしか困惑した顔だ。

 その時、壁に蝶番が吹き飛ぶような荒々しい調子で扉が開かれた。


「隊長! こんな紙が入口の前に!」


 血相を変えて酒場に転がり込んできたのは、市場を見に行っていたショーとリョーだった。


「何です?」


 ルリーナは受け取った紙に目を通すと、最後まで読んだか読まないかのうちにぐしゃっ、とそれを握りつぶした。


「やってくれますねぇ」

「どうしたんですかい、隊長」

「ちょっと皆さんにも聞いてもらいましょうか」


 ルリーナは店主と小間使い達に席を外すように求め、傭兵達を集めると、紙の内容を読み上げ始める。

 ただ事ではない雰囲気に、店主たちと傭兵らは黙って指示に従った。

 その紙には、ベアトリスの身柄を預かっている事、次の戦から手を引くこと、リュング城伯と今後関わらない事を要求する旨が書かれていた。


「まぁ、下手人は奴ら、でしょうねぇ」


 ルリーナがそうしめる。まず間違いなくエレインを狙い、続いてエセルフリーダへの襲撃を試みた者らだろう。

 沈黙を最初に破ったのは、考え込むように目を閉じていたチョーだ。


「ベアトリス嬢を人質に取られたところで、我々が応じる義理はないかと思いますが」

「それは私も考えました。どうして彼女を人質にとったのか」


 ルリーナ本人としては、見捨てることはできないし、するつもりもない。

 だが、酒場宿の娘一人が捕えられたところで、それを傭兵団が気にする理由があるだろうか。


「それに、随分と大きく買ってもらってるみたいでやすなぁ……」


 カメが言う通り、ルリーナの傭兵隊は現在、精々二十名弱の戦力に過ぎない。それにも関わらず、こんな要求が必要だろうか。


「将来の敵を潰しときたい、とかスかね?」


 ショーが言う分には、貴族同士の争いなのではないか。という事だ。

 将来的に取り上げられる可能性のある青い血を、獅子王国陣営に入れられたくない何者かの手ではないか。


「後は、隊長が恐い……とか」


 控えめに言ったのはショー。それにはルリーナもふむ、と腕組みをする。

 今回の襲撃を潰したのはルリーナの手だけではないが、少なくない働きをした自覚はある。


「うーん、私個人への牽制の線ですかー」


 ルリーナは考え込むように顎に手を当てると、うん、とひとつ頷いた。


「悩んでも仕方ありませんね。取りあえずエセルフリーダ様の所に……」


 あっ、と声を上げたルリーナに、何事かと全員が目を向ける。


「私が直接行くわけにいかないじゃないですか!」


 がっでむ! エセルフリーダ様とお話する機会だったのに! と、ルリーナは机に拳を打ちつける。そんなルリーナに、傭兵達は微妙な目を向けた。


「ぐぬぅ、仕方ありません。ショーさん、書をしたためるので、王城に行ってきて下さい」


 ルリーナは確実に顔が割れている。傭兵達も既に調査されているかもしれないが、この街へ入ってからの時間を考慮するに、変装すれば気付かれまい。

 万が一、王宮まで下手人の手の者が入っていれば、すぐにお手上げともなろうが、現状、考えられる手ではそれが最善に思われた。


「お、変装でやすかい」


 手を拭き拭き外から戻ってきたコウが、話を聞くと元盗賊の斥候を呼び寄せる。


「こいつは街ン中での盗みで有名でしてね」

「……今はやってませんよね?」

「もちろんでさ。で、まぁ、顔見られることも有る訳で」

「それで変装を、と」

「まぁ、そういうこって」


 寡黙な、というよりもむっつりと押し黙った調子の男が、時折、やれ目立ってはならないだとか、ちょっと変えるだけで良いんだとか、独り言めいたことを口の中でぶつぶつと唱えながらショーの服装を弄っていく。

 小間使いを呼びよせて、借りた襤褸を着せ、顔や手指、服を汚してやり、髪を乱してやれば、それでもう出来上がりだ。仕上げに懐から出した石灰を頭にかけてやる。


「あー、確かに路地裏にいそうな」

「ぶっ、お似合いだぜ! ショーさんよ」

「随分と男前になったなぁ」

「……なぁ、ここまでやる必要あったかなぁ」


 卵白でべったりとした前髪を嫌そうに持ち上げると、ショーはげんなりとした声をあげた。


「まぁ、取り敢えずこれで大丈夫でしょう」


 ルリーナは吹き出さないように、努めて目をそらしながら懐からエレインの指輪を取り出す。


「ショーさん、これを渡しますが、ぜーったいに粗末に扱わないでくださいよ。絶対ですよ」

「へぇ、了解です」


 歯も砕けよとばかりに壮絶な顔をしているルリーナから、おっかなびっくり指輪を受け取ると、ショーは布に包んでそっとそれを懐にしまう。


「後は、コウさん」

「へい」

「数人選抜してショーさんを追跡する者が居ないか監視を」

「了解でげす」

「他の者は、いつでも出れるように準備を」

「応!」


 あわよくば逆追跡としたいところだが、そうは都合良くはいくまい。

 向うに主導権が有る以上、どう転ぶかも解らない。油断できない状況が続くだろう。


「では各自、所定の行動に」


 慌ただしく傭兵達が各々の作業に入る中、ルリーナはため息を一つ吐いて椅子に深く沈みこんだ。

 折れた肋骨の辺りが痛み、思わず軽い唸り声が口から漏れた。

 どうやら、長丁場になりそうだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ