シーン6
「迷惑をかけたな」
そうルリーナに話しかけたのは、先ほどエレインと共に襲撃を受けていた女性だ。
今、ルリーナは王城の一室のベッドで応急処置を受けて寝かされている。
「あっ、貴女は先ほどのっ!?」
凛としていながら落ち着いた、耳に心地の良い声を聞いて、弾かれたように体を起こそうとしたルリーナは、肋骨からの痛みで再度ベッドに沈み込む。
「あだだだ……」
痛みに呻くルリーナの奇声を聞いても、女性は何でもなかったかのように堂々としている。
寧ろ、その女性の目は冷たい気がした。そこが良い。
「こんな、格好で、失礼します」
「ああ、構わぬ」
ルリーナは息も絶え絶えに何とか上半身を持ち上げると、寝たままで話す無礼の赦しを乞う。
元はといえばエレインらを庇って負った傷であるが、そこは自らの腕が及ばなかったからだ。
そんなルリーナの心中を察するかのように、女性は鷹揚に頷く。
「私はルリーナと申しまして……」
「ああ、貴女の事はエレインとヨアンから聞いている」
妹が世話になったようだな。と、彼女は続けた。
やはりエレインの姉だったか。
「今は少々立て込んでいるが、後で何かしら褒美を取らせよう」
「有り難き幸せ」
この武人然とした女性の口ぶりは、中々に高位の貴族で有ることを伺わせる。
エレインと兄妹であるらしいリュング城伯とも血筋が繋がっている、という事だから、同様に領主であるか、あるいはリュング城伯の下に付く騎士なのかもしれない。
そこまで考えたところで、そういえば、とルリーナは口を開く。
「リュング城伯殿はご無事でしたか?」
「見れば解るだろう」
「エレイン様と貴女様がご無事という事は、彼も無事という事ですね」
「ん?」
「え?」
女性は表情をそのままに、不思議そうに首を傾げた。
何やら、お互いの認識に齟齬があるようだ。
「そうだ、貴女のお名前を伺わせて頂いても」
「ああ、これは失礼した。私はエセルフリーダと言う」
その名前を聞いた瞬間、ようやくルリーナはそのことに気付いた。
理解した瞬間に、遅まきながら驚愕の色が顔に広がっていく。
「えっ!? リュング城伯ってまさか!?」
「私だが」
驚きの余りにまたも傷を忘れて大声を上げ、咳き込むルリーナに対して、『エセルフリーダ・オブ・リュング』は何でもないように答えた。
「エセルフリーダ……様、というご立派なお名前ですから男性かと!」
「いや、エセルフリーダは女の名だぞ?」
なんて事だ、とルリーナは頭を抱える。
エセルフリーダという名前は、ルリーナの居た神聖帝国では聞いたことの無い名前である。
まるで物語に出てくる英雄のような名前だ。と思っていたくらいだ。
それがまさか、女性の名前であるとは思っていなかったし、どうして皆が説明してくれなかったか、というのも、言うまでもなく女性名だから。という事だったのだろう。
「あわわわわ、これは失礼いたしまして」
「いや、構わぬ。聞けば大陸から渡ってきたばかりなのだろ?」
「はいぃ。私、ルリーナ・ベンゼルと申しまして……」
ルリーナは珍しく盛大に動揺している自分を感じつつ、この場に部下や黒騎士が居なくて良かったと思う。
こんな姿、彼らに見せられない。というか、『このひと』にも見られたくなかった。
百面相をしているルリーナを若干、面白そうに見ているリュング城伯の顔を見上げられずに、ルリーナは頬を赤く染めて俯いていた。
穴が有ったら入りたい。
――何が『中々に良さげ』だ!
ルリーナは、馬上槍試合の時に自分がリュング城伯に抱いた感想に転げまわりたくなる。
この国に来るまでに、ここでは男女の別はない、との話は聞いていたが、無意識のうちに領主と言えば男性だと思っていたようだ。
そんな過去の自分を殴り飛ばしてやりたい。
「そ、そうだ! エレイン様は?」
「ああ、あいつはヨアンに引っ付いてるな」
強引な話題転換にも、何事もなくリュング城伯は応える。
目の前で取り乱す少女の姿に、少し楽しくなってきたようだ。
「妹御は部下想いでいらっしゃるのですね」
「部下……というよりも、ヨアンはあいつの旦那だからな」
「へ?」
「ん?」
更なる驚愕の事実にルリーナは開いた口を閉じられなくなる。
おのれ黒騎士、等とも言ってられない。
「そう、なのですか?」
「随分と妹とは懇意にしていたようだが、本人から聞いてなかったか?」
聞いてない。いや、そういえば黒騎士が先ほど、何か言い淀んでいた気もする。
なんてことだ。今日はなんて日だ。
連続で大打撃を受けて、回復不能なまでにがっくりと頭を下げたルリーナを見て、エセルフリーダはその整った顔に微笑を浮かべた。
賊の襲撃を退けるのに助太刀を買って出て、エレインや黒騎士にも手を貸したという剛胆な者が、一体どのような人物だろうか。
そんな興味を持って実際に会いに来てみれば、少し間の抜けた、かわいらしい少女ではないか。
こんな少女が数合打ち合っただけとはいえ、中々の腕を持っていた刺客を、傷一つで下したのである。
「ルリーナと言ったな」
「はい」
「傭兵団を率いているとエレインからは聞いているが」
「その通りです」
もうこの世も終わりだ、と言わんばかりの表情をしたルリーナは、エセルフリーダの声に顔を上げる。
「私の下で力を振るわぬか?」
その言葉が、まるで乾いた土に水を一滴垂らしたかのようにルリーナの表情を明るいものへと変えていく。
「はい、喜んで仕えさせて頂きます!」
眼を潤ませるほどの喜色を浮かべたルリーナの声は、感極まったかのようで
――それはまるで、プロポーズに応える乙女のそれだった。
と、後にエセルフリーダは思い返すのだった。
チキチキ! トーナメント 後編 終了




