シーン5
さっくり、と。
剣を振り下げたルリーナは目を白黒させた。
木を張った床に剣の先が刺さっている。
地面に剣を当ててしまったのは、長さを見誤ったルリーナのせいであったが、それでも跳ね返って切り上げられるだろうと踏んでいた。
が、実際には何の抵抗もなく、剣を引き抜いて一歩下がれば、床には深々と傷が残っている。
思わず刀身を確かめるが、刃に欠けは見当たらなかった。
「随分と良い剣使ってたのですねぇ……」
「何をぼそぼそと言ってやがる!」
開いた間合いを一歩で詰めて、風を巻いたメイスが迫る。
ルリーナはそれをさらに一歩飛び退って避けると、振り下げられた腕の上から小さく切りつける。
「つっ!?」
撫でるような一撃で、防御力を高めるためか腕に巻かれた鎖に阻まれた斬撃だったが、弾かれたように男が下がる。
見れば鎖帷子の袖に、切れ込みが出来ていた。たらり、と、血が一筋手を伝う。
傷は浅いようだが、男は警戒感を強める。間合いを詰めれば、という訳にはいかない。
「そういえば」
そんな男に、ルリーナは軽く血振りをすると話しかける。
「例の鉄兜とか、お仲間さんは来ないんです?」
「……さて、どうだろう、なっ!」
攻める機会を与えないような、男の連撃がルリーナを襲う。
数合打ち合ううちに、時にぱっ、と血が舞った。それは全て男の物だ。
男はメイスだけでなく、時に掴み、蹴り、殴ろうとするが、ルリーナは最小限の動きでそれを切り払う。
「ふーむ。鉄兜程ではない。と」
「うるせぇ!」
反撃に転じたルリーナに、男は徐々に追い詰められていく。
ここが攻め時、と、ルリーナは少々力任せに男のメイスを弾くと、横面を狙って一撃を繰り出す。
確実に獲った。そう思える一撃だったが、ルリーナの予想外に、その剣は男の顔のすぐ横で止められる。
「ぬっ?」
男が右手に持ったメイスの柄頭から鎖が伸び、その先は左手に握られている。
何時の間に解いたか、手首に巻いていた鎖は、メイスに繋がった武器の一部だったらしい。
ピンと張った鉄の鎖は、それでも柔軟に斬撃を受け止める。
冷たい物を感じて、ルリーナは一歩引き下がった。
「避けんな!」
「っ!?」
追撃で鎖の先に付けられた分銅が襲いかかる。
恐らく、間合いが近いままであれば、その鎖で首か腕を狙ってきただろう。
廊下に倒れている衛兵たちが血を流していなかったのも納得だ。
「変な物使いますねぇ……」
変わり武器というのは、一対一の戦いではそれだけで脅威になる。
手の内、とは言ったものだが、高い基準の戦いであればあるほど、相手がどのように動くかの読み合いとなる。
幾ら変則的にしたとしても、同じ武器を効率的に振るう以上、似たり寄ったりの技となるが、それが見た事のない物となると、動きが読めないのだ。
「まぁ、そんな事は関係ありませんがねぇ!」
「くそっ」
ルリーナは、今まで以上に苛烈に切りこむ。
要は相手のペースに巻き込まれず、自分の土俵まで引きずり降ろしてやればよいのだ。
屋内では、思ったように鎖分銅を振り回す事もできまい。それを男は体術で補うつもりのようだったが、そう易々とそれを許すわけがない。
男は鎖で剣を受け止め、あわよくば巻き取ってやろうと、あの手この手と小手先の技を繰り出すが、ルリーナはその全てを力任せに振り払う。
防御をかなぐり捨てた姿勢の末、遂にメイスの一撃がルリーナの脇腹を襲った。
「ごほっ!」
息が詰まり、目の前が一瞬暗くなる。肋骨が一、二本折れたか。
さらには首を狙って繰り出された鎖が絡み、何とか差し込んだ左手と共にぎりぎりと締めつけてくる。
しかし、その瞬間には片手打ちにしたルリーナの剣が男の肩から胸までを切り下ろしていた。
引き伸ばされた一瞬。確かに命を奪った感触、筋線維を切り裂き、臓腑を食い破る手ごたえをルリーナは感じる。
びちゃり、と、水を詰めた革袋を壁に叩きつけたような音を立てて、事切れた男が倒れた。
「ごほっ、ぐ、うぅ、生かして捕えるつもりだったのですがねぇ……」
鈍く強い痛みを歯を食いしばってこらえ、ルリーナは片膝をついた。
許容量以上の痛みがあると、人間動けないものである。
まぁ、ここにカメやチョーが居れば『隊長も人の子だったんだな』等と失礼な感想を抱いただろうが。
息をするたびにキリキリと痛む脇腹を抱えて、浅く呼吸を繰り返す。
痛みの波が寄せては返し、意識は寧ろ明瞭に研ぎ澄まされる。
自らの鼓動が耳に五月蠅い。鋭くなった聴覚の端に、どたばたと大勢が廊下を走る音が聞こえた。
「こ、これは!?」
扉が開かれたその先には、衛兵達と何処かで見たような鎖帷子にサーコートを纏った貴族風の男が立っていた。
漂う血の匂いと、部屋の惨状に目を見開いて唖然としている。
「王城を血で汚してすみませんねぇ」
ルリーナの言葉に、サーコートの男は顔を引き攣らせた。