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ウェスタンブリア傭兵伝記~成りあがって結婚したい!(百合)  作者: 皐月 海裡
第6話 チキチキ! トーナメント 後編
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シーン3

 黒騎士が着ている鎧下の脇腹は、彼自身の血に染まっていた。

 よく見れば、地面にも点々と血の跡が残っているところから、浅くはない傷だろうと伺える。

 対して下手人の服装は、暗い色の布の服に頭巾と言ったもの。

 深く被った頭巾の所為で顔は解らなかったが、僅かに除く口許は焦りの色も窺わせない。

 黒騎士は背に城の侍女だろうか、婦人を庇い、片手半剣を、下手人の側は血に濡れた短剣を手にしている。


「ほう、構えは中々に見事」


 トーナメントでは鳴かず飛ばずの黒騎士だったが、こうして剣を構えている姿は、なかなかどうして堂に入ったものだった。

 ぴたり、と下手人の左目に擬された剣は、揺らがない故にどう動くかが見えない。

 勢いをつける動きがあれば次が見えようものだが、それが伺い知れない故に下手人の側も攻めあぐねているようだ。

 背を見せれば切られる。間合いを詰めればまた、切られる。そう思わせるだけの威圧感が有った。


「とはいえ、このままでは、と」


 少なくない血を流している黒騎士は、いまのところ両足で地を踏んでいるが、いまにも崩れ落ちそうでもある。

 兜を被っていない故によく見える顔は、もともとそれほど日に焼けてもいなかったが、それと解る程に蒼白になっていた。

 ルリーナは、地面から手ごろな大きさの石を見つけると、それを拾い上げる。


「えいっ、と」


 気の抜けるような声とともに大振りなモーションで投げつけられた石は、なかなかの速さで下手人に迫る。

 それに気づいた下手人の男――余裕のある布地と、細身に見える体系だが推定、男――は、焦ったように大きく跳び退ってそれを避けた。

 黒騎士がそれを見逃す訳もなく、踏込みつつも袈裟がけに切りつけたが、紙一重届かない。

 形勢の不利を悟ったか、黒騎士の威圧から逃れたからか、更にもう一歩退いた男は短剣をルリーナへと投げつけ、背を見せて走り出した。

 脚目がけて飛んできたそれに意識を取られた隙に、男の背中はかなり離れている。

 段差を身軽に飛び越えたかと思えば、あっという間に見えなくなってしまった。

 全体的にこなれた動きから、訓練を受けた暗殺者という言葉が脳裏に過ぎる。


「これは追いかけるのも無理ですね」


 拾い上げていた次の石を投げ捨て、黒騎士の下に歩み寄る。

 先ほどの一撃で力を使い果たしたのか、膝をついて浅い呼吸を繰り返す彼は、意識を保つのに精一杯という所だった。

 ルリーナの側に下手人の短剣が飛んできたのは幸いだったかもしれない。

 だからこそ、取り逃がしてしまったのだが。

 ようやく駆けつけてきた衛兵達を見ながら、ルリーナは一つため息をつく。


「やっほー、黒騎士さん無事ですかー?」

「何、とか、な……」


 それより、と息も絶え絶えに黒騎士は紫色になった唇を震わせる。

 本格的にこれはまずそうだ。

 ルリーナの見立てでは、まだ助かる程度の流血ではあったが、刺されたのが脇腹だけに、深く刺さっていれば、今無事でもこの後は解らない。

 兎にも角にも早く医者の処置を受ける必要があるだろう。幸い、ここは城で、今は闘技会中。

 医療、という物を余り信用していないルリーナではあったが、何もしないよりはマシだ。


「余り喋らない方が……」


 傷口を抑えた指の隙間から、今なお少なくない血が溢れている。

 自失状態だった侍女に声をかけて、黒騎士の介抱を頼んだ。

 黒騎士はそれでも何とか、と薄れそうな意識のなか、うわごとのように口を開く。


「ルリーナ殿、エレイン、いや、エセル……リュング城伯を頼む」

「……解りました」


 何となく事情は理解した。

 下手人の男の目的は、黒騎士の暗殺ではなく、足止めだったのだろう。

 勿論、殺せれば御の字。という所だったのだろうが。

 そうでなければ、おそらく自らの身を犠牲にしてでも殺しにかかっていた筈。

 ルリーナはそんな雰囲気を下手人の男から感じていた。

 その下手人が逃げた、という事は、おそらく所定の目的を達した。という事だろう。

 鉄兜といい、いま逃げた男といい、面倒事の匂いがするが、ルリーナはこれを努めて無視した。


「感謝を……そうだ、これを」


 ルリーナに自らの剣を渡すと、黒騎士は気が抜けたように目を閉じた。

 胸が上下しているところを見ると、ただ気絶しただけのようだ。

 急いで担架を取りに戻ろう衛兵の内の一人をルリーナは呼び止める。


「御婦人を庇って戦う様は、まぁ、悪くなかったですね」


 もしかしたら、暗殺者を差し向けられるだけの事を、リュング城伯はしたのかもしれない。

 ルリーナが明らかな面倒事の中に、自ら首を突っ込んだのは、今の黒騎士の態度を見たから。という事もある。

 そうでなくとも、下手人共のやり口には、どうにも仲良くなれそうにない相手が裏に居ることを感じさせた。

 ルリーナの頭の中の狡猾な部分も、これはリュング城伯に恩を売る機会だと囁いている。

 心情的にも、計画的にも、これは一つ助太刀するべきだ。ルリーナはそう結論付ける。


「まぁ、降りかかる火の粉は払わなくてはいけないでしょうからねぇ……」


 脳内で黒騎士――ヨアンの評価をほんのちょっぴりだけ上げつつ、引きとめた衛兵にリュング城伯の所在を案内するように頼んだ。

 話は聞こえていたようで、特に抵抗もなくもなく、同意を得られた。何より、ゆっくりと話している暇はない状況だと気付いたのだろう。

 ルリーナはヨアンから借り受けた剣の柄を握りなおすと、道を急いだ。

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