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ウェスタンブリア傭兵伝記~成りあがって結婚したい!(百合)  作者: 皐月 海裡
第6話 チキチキ! トーナメント 後編
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シーン1

「いやー、さすがに良い部屋ですねぇ」


 ルリーナは今までの大広間ではなく、城の一角の、立派な一室へと通されていた。

 当然のように決勝に駒を進めたのは、ルリーナと例の鉄兜。

 試合場と、御高覧される高貴な方々の準備が整うまで、暫し休憩である。

 準決勝は貴賓席の前で行われたが、決勝となると、まさに御前試合となるのだ。

 そこまで残っている事、それだけで既に多大なる名誉となっている。

 勝負は時の運、今日勝った相手に、明日勝てるとも限らない。

 事実、敗退した選手たちに、諸侯の従者と思しき者らから声がかけられている様子だった。


「何か足りない物がございましたら、お声かけください」


 侍女の一人が、ルリーナの脇に静かに立つ。

 背筋はぴんと伸び、静かに佇む姿には、よく教育されている事が伺われた。

 ルリーナが着の身着のまま寝台に倒れ込んでも、僅かに眉を顰めるだけで留める。

 錫の杯に注がれた、香辛料の効いた葡萄酒が振る舞われ、試合の最中故に軽くでは有ったが、果物まで置いてある。

 僅かな時間ではあったが、まさに至れり尽くせり。

 真っ白なシーツの上で胸甲を外して、枕元に置く。磨いたときのまま、傷一つつけられていないことに一つ満足気に頷く。

 手甲や鉄帽を軽く検め、それらも纏めて置いて身軽になると、首や肩を回す。

 流石に、人の目が有る前で服の下まで拭おうとは思わなかったが、湿らせた布で顔と手を拭うと、生き返ったような気持ちになった。


「あ、そうだ。おねーさん」

「はい?」

「良かったらお名前を……」


 と、言ったところで扉が外から叩かれる。失礼します。と一礼して侍女は扉に向かった。

 試合には早すぎるし、ご多分に漏れず貴族の従者でも来たのだろう。


「おのれー」


 ルリーナの部屋を訪ねる人物、となると大体の予想はつく。


「失礼、ルリーナ殿。よくここまで……」


 扉を開けて顔を覗かせた黒騎士が、冷たい視線に言葉を飲み込む。


「あー、私が何かしたかな」

「いいえー、私には、何もー」


 責められる理由に思い至らず、冷や汗をかきながら、黒騎士は何とか言葉を続ける。


「言伝があってだな」

「ほう、エレイン様からですか! 早くそれを言ってくださいよ」

「えぇ……」


 一点、喜色満面になり、先を促すルリーナに黒騎士は釈然としないものを感じる。

 黒騎士の言伝は、纏めると、ここまでの勝利おめでとう。推薦した者としても鼻が高い。この調子で優勝してくれればこれ以上の物はない。というような物だった。


「ありがとうございます。エレイン様にも特に感謝の御言葉を伝えてください」

「ああ。確かに」

「それで、よろしければ決勝に臨むにあたって、エレイン様が身に着けている物を戴きたいのですが……」


 心を捧げた貴婦人の身に着けたものを戦の場へと持ち寄るのは騎士の習いである。

 試合の場に身に着けていけば、誰の下についているのかを示す事も出来る良い手となるだろう。

 だが、それを聞いた黒騎士は僅かに狼狽した。


「それは、無理、じゃないかなぁ」

「ん? もしかして、どなたか既に? いえ、でも、まだ貴族になったばかりと……」


 厳密に貴婦人に対して騎士一人、という取り決めが有る訳ではないが、複数の騎士が心を捧げるとなれば、衝突の一因となるのは避けられない。

 黒騎士は至極言いづらそうに、天井を見上げた。

 染み一つなく、武骨ながら鉄製のシャンデリアが下がったそこは中々の部屋である。


「えーと、僕はエレイン様に剣を捧げた身でな。しかも」

「ほーぅ」


 部屋の温度が数度下がったように感じる。

 細められたルリーナの瞳は、底知れない色を浮かべていた。

 寒気を感じるのに、背中を汗が伝うのを感じ、黒騎士は思わず言葉を飲み込んだ。

 ギリィ! と、凄まじい音が響く。

 黒騎士は一瞬、何の音かと白黒させるが、どうやらそれはルリーナが奥歯を噛みしめた音だったようだ。

 一瞬、人に見せられない表情をしたルリーナだったが、すぐにその怒気も消え去った。

 ころころと変わる機嫌に、黒騎士はついていくことも出来ずたじたじとなる。

 ルリーナは一つため息をついた。


「おのれ黒騎士」

「えっ」

「いや、なんでもありません」


 ルリーナは『決闘を申し込む』という一言を何とか飲み込んだ。

 体面を気にしたのではない。ただ腰間の剣がいつも使っている本身ではないから思いとどまっただけだ。

 とはいえ、ここでエレインの厚意を無駄にしたのでは、彼女に申し訳ない。

『エレインに』申し訳ない。

 心の中で強調しつつ、取り繕ったお淑やかな顔と声音で黒騎士に声をかける。


「では、くれぐれも、エレイン様とリュング城伯によろしくお伝えください」

「あっ、ああ。勿論だよ」


 早口でそれだけ言うと、それじゃ、と回れ右して足早に去る黒騎士の背中を凄まじい形相で見るルリーナだったが、彼が振り向いたときには、寧ろ穏やかな笑みを浮かべているように見えた。

 目だけが笑っていないそれは、どう見ても『いつか殺してやる』と言わんばかりのそれだったが。


「ことごとく、やってくれますね、あの黒騎士は……」


 力を込めて握りしめられた剣の柄が軋む音を立てる。

 その時、再び扉が叩かれた。


「今度は誰ですかまったく」


 下らない用だったらどうしてくれよう。八つ当たり気味にルリーナは手ずから扉を開けた。

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