シーン6
「どっこいしょー」
ルリーナの振るった剣が相手の鉄帽を強かに打ち、盛大な音を立てた。
そのまま伸びた相手が立ち上がらないのを確かめて、額の汗をぬぐう。
ドレスの裾が、脚に張り付いて気持ち悪い。ぱたぱたと裾から空気を入れるように振ると、汗が滴るようだった。
「流石に疲れますねぇ」
数戦が終わり、陽も傾いで来た。
暑さも和らいではいたものの、脱落者も増えて来たことから、試合が連続する事も多くなっていた。
今もまた、相手選手の終わり待ちとなっている。
他の場所はどうか、と目を向ければ、カメと、鉄兜も危うげなくトーナメントの駒を進めているようだ。
派手な立ち回りで豪快に戦うカメに対し、鉄兜の方はその場を動かずに相手を仕留めている。
今もまた、睨み合った一歩たりとも動かず、さながら、大岩の如き威容を示していた。
動かぬ相手であれば攻め易かろう。そう見える物だが、追い詰められているのは、寧ろ相手の方に見える。
相手もまた、多少は腕に覚えがあるだろう、剣士然とした男だったが、どうにも攻めあぐねたまま数合打ち合っては離れ、を繰り返している。
一気に勝負を決めようにも、鉄兜の剣尖がじりじりと攻めている為に踏み込めないのだ。
「おーい! そんなん早く片付けちまえよー!」
「とろとろしてんじゃねー!」
そんな事は知らない観客からは野次の声が飛んでいる。
おそらく、まだ来たばかりで、鉄兜の試合ぶりを見ていないから言えるのだろう。
試合展開が詰まっていれば急かすはずの審判も、今回ばかりは口を挟まない。
早い時間から客席にいた者らは、その様子を固唾を飲んで見守っていた。
「いくぞ!」
剣士然とした男は遂に耐え切れず、裂帛の気合と共に剣を振るう。
目で捉える事すら難しい、鋭い剣だった。
だが、聞こえたのは、鉄と鉄のぶつかり合い、擦れ合う、身の毛のよだつような音。
倒れたのは、剣士然とした男だ。
本当に一歩たりとも動かず、ただ、気付けば剣は宙に擬されていた。
一つ、深く呼吸をして、鉄兜の男は血を振り払うように剣を振る。
「アレとは当たりたくないものですが」
よっ、と打ちかかってくる剣をいなし、自らの対戦相手を打ち倒すと、ルリーナは剣を肩に担いでそんな事を呟いた。
しかしながら、対決は避けようもないだろう。
鉄兜が敗北する像も浮かばず、ルリーナに負けるつもりがない以上、いつかはぶつからざるをえまい。
まぁ、その前に、少しばかり大きな障害が――
「お、隊長。ようやく当たりやしたな!」
「えー、めんどくさ……」
「酷かぁないですかね!?」
カメである。なんだかんだ言っても、実力は確かなだけに面倒だ。
御大層な髭からは汗が滴り、暑いからとはいえ、襟をはだけ、胸毛が見えているむさい男を相手にするのも、士気が上がらぬ一因だ。
それでも、審判の始め、の声と同時に剣を軽く打ちあわせると構える。
「行きやすぜ!」
「ちょっ!」
大上段から大振りに段平が叩きつけられる。
ルリーナは咄嗟に飛び退った。先ほどまで居た場所からは盛大に砂埃が上がる。
それが引いた後には、すり鉢状の穴が残った。
「殺す気ですかー!!」
「隊長相手に手加減なんてしてたら、こっちが死んじまいますからな」
呵々、と笑って見せるカメに対して、ルリーナは軽く俯いた。鉄帽の庇の陰で、表情が隠れる。
ちゃきり、と手に持った剣を持ち変えると、盾を捨て、腰だめに構えた。
「御陰様でいい感じに背筋が冷えましたよ」
「あー、もしかして怒ってやすかねぇ……」
「あはは」
笑い声を上げたルリーナの剣尖が、風を巻いてカメに迫る。今度はカメが冷や汗をかく番だった。
瞬き一つの瞬間だった。何とか構えた大盾で受け止めるも、数寸ばかり刃先が飛び出ている。
およそ剣先を丸めた訓練用の剣とは思えない一撃だった。
「いやいやいや、おかしかないですか」
「貴方の筋力もなかなかにおかしいと思いますが……ね!」
気合の声と共に剣を引き抜き、盾を迂回するようにして、ルリーナの剣の裏刃がカメの背中を襲う。
それをかわすためにカメは盾を押し出し、ルリーナは引き下がるが、ただではない。
盾の縁に手を掛けると、引きはがす。たまらずカメは盾から手を放した。
腕に固定されているそれは、捻られれば簡単に関節が極まる。それを嫌っての事だった。
「さぁって、ここからが本番ですよー」
「勘弁して下せえ……」
間合いを開いて、向きあった二人は、改めて剣を構えて相手の出方を窺う。
じりじりと、円を描くように動き、時に軽く剣を打ちあわせるそれは、舞踏のようでもあった。
「そっちがこないなら、こっちから……おっと!」
ルリーナの踏込みに合わせて、カメが剣を薙いだ。
とはいえ、今までの大振りとは違い、最低限、手首を返すようにして放たれた一撃だ。
互いに油断できない戦いとみて、自然と動きも小さくなる。
カメの得意とする盾を使った力押しの手段は奪ったが、剣の腕もそれに劣ってはいない。
「とはいえ……」
「なんですかい?」
ルリーナは剣を無造作に投げ出すかのように低く構える。
がら空きになった上半身に、好機とばかりにカメは腕を伸ばし、剣を振るう。
瞬間、ルリーナの剣尖が跳ね上がった。
打ちこまれた剣を擦り上げて逸らす。
勢いを殺しきれずに切り下げて低い位置にあるカメの剣と、振り上げて天を指すルリーナの剣。その立場は逆転していた。
カメが焦った顔で態勢を立て直そうとするが、もう遅い。
迅雷の如き速さで振り下ろされたルリーナの剣が、カメの鉄帽を強かに打った。
「直情的に、過ぎますよねー」
目を回したカメが地面に膝をつく。
何とか意識を持って行かれることなく踏みとどまったようだが、暫くは立ち上がるのも辛いだろう。
ルリーナが審判を見ると、一つ頷いて勝負あり、の手旗が上げられる。
いつの間にやら、試合に集中していたせいだろう、遠くなっていた群衆の歓声が戻ってくる。
「後は、一人。ですね」
試合を終えた鉄兜の男は、その目庇しの下からルリーナをじっと見ていた。
チキチキ! トーナメント 前編 終了




