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ウェスタンブリア傭兵伝記~成りあがって結婚したい!(百合)  作者: 皐月 海裡
第5話 チキチキ! トーナメント 前編
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シーン6

「どっこいしょー」


 ルリーナの振るった剣が相手の鉄帽を強かに打ち、盛大な音を立てた。

 そのまま伸びた相手が立ち上がらないのを確かめて、額の汗をぬぐう。

 ドレスの裾が、脚に張り付いて気持ち悪い。ぱたぱたと裾から空気を入れるように振ると、汗が滴るようだった。


「流石に疲れますねぇ」


 数戦が終わり、陽も傾いで来た。

 暑さも和らいではいたものの、脱落者も増えて来たことから、試合が連続する事も多くなっていた。

 今もまた、相手選手の終わり待ちとなっている。

 他の場所はどうか、と目を向ければ、カメと、鉄兜も危うげなくトーナメントの駒を進めているようだ。

 派手な立ち回りで豪快に戦うカメに対し、鉄兜の方はその場を動かずに相手を仕留めている。

 今もまた、睨み合った一歩たりとも動かず、さながら、大岩の如き威容を示していた。

 動かぬ相手であれば攻め易かろう。そう見える物だが、追い詰められているのは、寧ろ相手の方に見える。

 相手もまた、多少は腕に覚えがあるだろう、剣士然とした男だったが、どうにも攻めあぐねたまま数合打ち合っては離れ、を繰り返している。

 一気に勝負を決めようにも、鉄兜の剣尖がじりじりと攻めている為に踏み込めないのだ。


「おーい! そんなん早く片付けちまえよー!」

「とろとろしてんじゃねー!」


 そんな事は知らない観客からは野次の声が飛んでいる。

 おそらく、まだ来たばかりで、鉄兜の試合ぶりを見ていないから言えるのだろう。

 試合展開が詰まっていれば急かすはずの審判も、今回ばかりは口を挟まない。

 早い時間から客席にいた者らは、その様子を固唾を飲んで見守っていた。


「いくぞ!」


 剣士然とした男は遂に耐え切れず、裂帛の気合と共に剣を振るう。

 目で捉える事すら難しい、鋭い剣だった。

 だが、聞こえたのは、鉄と鉄のぶつかり合い、擦れ合う、身の毛のよだつような音。

 倒れたのは、剣士然とした男だ。

 本当に一歩たりとも動かず、ただ、気付けば剣は宙に擬されていた。

 一つ、深く呼吸をして、鉄兜の男は血を振り払うように剣を振る。


「アレとは当たりたくないものですが」


 よっ、と打ちかかってくる剣をいなし、自らの対戦相手を打ち倒すと、ルリーナは剣を肩に担いでそんな事を呟いた。

 しかしながら、対決は避けようもないだろう。

 鉄兜が敗北する像も浮かばず、ルリーナに負けるつもりがない以上、いつかはぶつからざるをえまい。

 まぁ、その前に、少しばかり大きな障害が――


「お、隊長。ようやく当たりやしたな!」

「えー、めんどくさ……」

「酷かぁないですかね!?」


 カメである。なんだかんだ言っても、実力は確かなだけに面倒だ。

 御大層な髭からは汗が滴り、暑いからとはいえ、襟をはだけ、胸毛が見えているむさい男を相手にするのも、士気が上がらぬ一因だ。

 それでも、審判の始め、の声と同時に剣を軽く打ちあわせると構える。


「行きやすぜ!」

「ちょっ!」


 大上段から大振りに段平が叩きつけられる。

 ルリーナは咄嗟に飛び退った。先ほどまで居た場所からは盛大に砂埃が上がる。

 それが引いた後には、すり鉢状の穴が残った。


「殺す気ですかー!!」

「隊長相手に手加減なんてしてたら、こっちが死んじまいますからな」


 呵々、と笑って見せるカメに対して、ルリーナは軽く俯いた。鉄帽の庇の陰で、表情が隠れる。

 ちゃきり、と手に持った剣を持ち変えると、盾を捨て、腰だめに構えた。


「御陰様でいい感じに背筋が冷えましたよ」

「あー、もしかして怒ってやすかねぇ……」

「あはは」


 笑い声を上げたルリーナの剣尖が、風を巻いてカメに迫る。今度はカメが冷や汗をかく番だった。

 瞬き一つの瞬間だった。何とか構えた大盾で受け止めるも、数寸ばかり刃先が飛び出ている。

 およそ剣先を丸めた訓練用の剣とは思えない一撃だった。


「いやいやいや、おかしかないですか」

「貴方の筋力もなかなかにおかしいと思いますが……ね!」


 気合の声と共に剣を引き抜き、盾を迂回するようにして、ルリーナの剣の裏刃がカメの背中を襲う。

 それをかわすためにカメは盾を押し出し、ルリーナは引き下がるが、ただではない。

 盾の縁に手を掛けると、引きはがす。たまらずカメは盾から手を放した。

 腕に固定されているそれは、捻られれば簡単に関節が極まる。それを嫌っての事だった。


「さぁって、ここからが本番ですよー」

「勘弁して下せえ……」


 間合いを開いて、向きあった二人は、改めて剣を構えて相手の出方を窺う。

 じりじりと、円を描くように動き、時に軽く剣を打ちあわせるそれは、舞踏のようでもあった。


「そっちがこないなら、こっちから……おっと!」


 ルリーナの踏込みに合わせて、カメが剣を薙いだ。

 とはいえ、今までの大振りとは違い、最低限、手首を返すようにして放たれた一撃だ。

 互いに油断できない戦いとみて、自然と動きも小さくなる。

 カメの得意とする盾を使った力押しの手段は奪ったが、剣の腕もそれに劣ってはいない。


「とはいえ……」

「なんですかい?」


 ルリーナは剣を無造作に投げ出すかのように低く構える。

 がら空きになった上半身に、好機とばかりにカメは腕を伸ばし、剣を振るう。

 瞬間、ルリーナの剣尖が跳ね上がった。

 打ちこまれた剣を擦り上げて逸らす。

 勢いを殺しきれずに切り下げて低い位置にあるカメの剣と、振り上げて天を指すルリーナの剣。その立場は逆転していた。

 カメが焦った顔で態勢を立て直そうとするが、もう遅い。

 迅雷の如き速さで振り下ろされたルリーナの剣が、カメの鉄帽を強かに打った。


「直情的に、過ぎますよねー」


 目を回したカメが地面に膝をつく。

 何とか意識を持って行かれることなく踏みとどまったようだが、暫くは立ち上がるのも辛いだろう。

 ルリーナが審判を見ると、一つ頷いて勝負あり、の手旗が上げられる。

 いつの間にやら、試合に集中していたせいだろう、遠くなっていた群衆の歓声が戻ってくる。


「後は、一人。ですね」


 試合を終えた鉄兜の男は、その目庇しの下からルリーナをじっと見ていた。

チキチキ! トーナメント 前編 終了

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