シーン4
「推薦を受けている方はこちらへ! それ以外の方はそのまま進んでください!」
数十人の、腕に覚えを持つ男達を前に、トーナメントの運営を任された役員らが声を張り上げる。
「あら? 推薦組は別なのです?」
「ええ、予選免除、という形にさせて頂いております」
名前と推薦者の確認を受けながら脇に立つ衛兵に問いかけると、存外丁重な扱いをされた。
周りを見やれば、そのまま進んでいく荒くれ者達に比して、多少物腰が上品な気もする。
おそらく貴族の庶子だろうと見受けられる人物もおり、衛兵たちも邪険には扱えないのだろう。
ルリーナ自身は、奇異の目を向けられながらも、そういうこともあるか、程度の扱いを受けているようだ。
「お嬢さん、良かったらこちらで一杯どうですか?」
などと話しかけてくるスカした男に存分に冷ややかな視線を浴びせた上で、闘技場を眺める。
通された広間は、闘技場を臨む眺めの良い部屋だった。
「俺を袖にするとは……」
何やら先ほどの男がさも悔しそうに歯ぎしりしているが、それは見ない振りをした。
貼り出されたトーナメント表によると、午前中は予選で終わるらしい。
そうなるとニ刻ばかり暇という訳だ。
闘技場では早速、というべきか予選一戦目の為に選手が入場していたが――
「成程、予選が必要な訳ですねー」
――剣の持ち方すら危ういような人物が散見される。
一応の審判が立ち、数人ずつで向かい合った男達の内、手慣れてそうな部類の者は調子を確かめるように、剣を軽く握りなおしている。
始め、の声がかかれば後は盛大な殴り合いだ。
「おらっしゃー!」
気合の声に目を向けると、一人の如何にも線の細い、鎖帷子に着られているような男が打ち据えられていた。
更に追い打ちで強烈な一撃が加えられ、慌てて審判が引き止めに入る。
ずるずると引き摺られながら場外に運び出されたが、無事だろうか。
勝者は高々と腕を掲げ、勝利をアピールしている。
「うっわぁ、大人げない……」
ルリーナも見知らぬ他人であれば、別にそんな事は言わなかったのだが、そこで腕を掲げていたのはカメだった。
すかすかの観客席の一部が盛り上がっていたが、そちらはルリーナの傭兵隊の者達である。
「いいぞー! やっちまえー!」
等と言う声が空しく響いている。
「あー、変な噂にならなければ良いのですが……」
ルリーナは頭を押さえると溜息をつく。
「衛兵さん、衛兵さん。外に出ても良いのでしょうかー?」
「ええ、試合は順次行われますので、早めに戻って頂ければ」
割符の木片を受け取って、ルリーナは観客席へ向かう。
予選一回戦目の試合は、人数が多いだけに競技場に収まり切らず、数度に分けて催されていた。
カメと共にトーナメントに出ると言っていた傭兵の一人が、今も試合の最中だ。
「なんかパッとしねーな」
「そこだー! やっちまえー!」
「誰かアイツに賭けてた奴いるか?」
「いんや、当然お嬢に賭けるだろ……」
「違えねぇ」
「あはは……随分荒っぽいのね……」
朝っぱらから酒をかっくらって、既に出来上がっている風情の傭兵達の間で、ベアトリスが微妙に引き攣った笑いを浮かべていた。
「あー、最低限、品位は保ってくださいねー」
「おっ、お嬢……」
「おい」
「もとい、隊長じゃねぇですか!」
「隊長の試合はまだですかい?」
何とも見所のない試合ばかりで。そう言って呵々とばかりに笑う傭兵達。
確かに、玉石混淆といった選手たちの様子で、強者同士がぶつかる事も少なく、いささかつまらない試合展開が多い。
競技をネタにした賭けは、騎士同士の試合ではない以上、事前の情報は知り得ないので、その場で偶発的に起こる物だが、これでは賭けにもならぬ、と予選では盛り上がりもしない。
「私の試合は昼過ぎ辺りですよー」
「昼過ぎ。随分と後でやすね」
「ああ、こんなん見てると俺たちが体動かしたくなっちまう!」
「おい、ちょっとその辺に広場とかなかったか」
「お、やるか?」
わらわらと立ち上がる兵達をルリーナは押しとどめる。
「すとーっぷ! 騒ぎを起こすつもりですか!」
「いや、ちょっと、なぁ」
「そうそう、軽い運動」
「とか言いつつ、街中で剣を抜くつもりでしょ」
「うっ、それは……」
ルリーナの一言に図星を突かれたらしく、傭兵達はたじろぐ。
「祝宴関係で街の衛兵達がピリピリしているのだから、余計な騒ぎを起こさないでくださいよ」
「ウス」
諸侯が一堂に会する祝宴が開かれ、素性の知れぬ者達の出入りも激しくなっているために、街の警備は大幅に増員されていた。
辻の一つ一つに衛兵が立っているようなものである。
痛くもない腹を探られるのも癪だし、傭兵達にも静かにしておいてもらいたいものだ。
かく言うルリーナも先日のアイラの件を持ちだされれば、ぐうの音も出ない所ではあるが。
「どうにもどこかで見た覚えがあるのよね」
「何の話です?」
ベアトリスがぼんやりと試合場に目を向けながら呟いた言葉に、ルリーナは首を傾げる。
どうやらベアトリスが見ているのは試合場ではなくその向こう、今も酒宴が行われている城の一角のようだ。
「この前の、アイラ様、だったかしら?」
「この街に住んでいるようでしたから、何処かで会ったとかです?」
ベアトリスは、うーん、と顎に手を当てて考え込む。
「同じ街に住んでいるとはいえ、御貴族様方とは顔を合わせる事なんてないのよね……」
精々、祝宴や公示の際に遠目に顔を窺うくらい。そう言ってベアトリスもまた首を傾げた。
馬の尾のように束ねた、艶やかな黒髪がさらり、と肩を滑る。
「それも、最後に見たのは去年くらいじゃないかしら」
「去年」
「そう、丁度、この前の戦が始まる時で、ヨアンと最後に……」
と、ベアトリスは何か嫌な事を思い出したかのように眉を顰めた。
昔はさておき、今となっては騎士爵である彼を名前で呼ぶとは、随分と親しい仲だったのだろうか。
とはいえ、何か苦い思い出でもあるらしい。
下衆の勘繰り、はしたくない所であるが、彼女と、その父親の話しぶりを考えるに、大凡の所は予想もつく。
「黒騎士、おのれー」
妄想も逞しく、ルリーナは拳を握りしめ、祝宴の行われている一角を睨む。
奇しくも顔を覗かせた男が、遥か遠くからでもそれを感じたか、びくり、と肩を震わせたかのように見えた。




